聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
4
「厳しいんだね、先生たち。それとも、司酒長たち?」
汐は斜光カーテンをきっちり閉じながら驚いた後、嘆息するように言った。
俺の警戒態勢が普通じゃなかったようだ。
(いつの間にか、ここのやり方に馴染んでんだな、俺も)
手の内の懐中電灯の光量を加減して、俺は呟くように返した。
「……。先生とは違うけど。見つかるとまずい」
「……。高美くん」
「えっ? 高美?」
汐の口から出た広瀬高美の名前に思わず表情を止めてしまった。
固まってしまった俺を見て、懐中電灯の小さな明かりの前で汐はやっぱり、と笑った。
「『みんな下の名前で呼ぶのがケセドのルール』って、譲くんは言ってたけど。広瀬くんだけは『高美くん』て呼んじゃだめなんだよね?」
「隠したわけじゃないけど。なんで、わかった?」
「そりゃあ、わかるよ」
汐は手際良くたたんだ衣類を、クローゼットに詰めていきながら、話を続けた。
「三年生の天野司酒長が、広瀬くんだけは『広瀬さま』って呼んでた。『さま』だよ、『さん』じゃなくて。譲くんと僕のことは、下の名前で呼んでたのに。違和感あった。同じ一年生なのにだよ。
譲くんに寮内の案内を頼むときも、天野さんは広瀬くんに許可をとっていた。
多分だけど、広瀬くんが聖王会書記……じゃなかった、尚書長だからだよね? 僕も、広瀬くんのことは『広瀬さま』って呼ぶべき?」
一通り聞いた後、苦笑が浮かんだ。
花井汐は外見より、賢いようだ。
全部汐の言うとおりだ。
「『広瀬さま』とか『広瀬尚書長』とか。『閣下』なんて呼ぶヤツもいる。
笑うだろ? 真剣なんだぜ?」
「……ううん、笑わないよ。それも『ルール』なんでしょう?」
妙に静かな声で、汐は言った。
暗がりに『ルール』という言葉だけが、浮いているように聞こえた。
「でも、広瀬尚書長本人は、そんな風に呼ばれることを望んでいない。違う?」
音がしないように、静かにクローゼットを閉じる。
ダンボールの山はまだ片付かないけど、すぐに必要なものの取り出しは終わったらしい。
「多分、違わない。高美は大げさな呼称なんて、欲しくなさそうだ。本人から聞いたわけじゃないけどな」
「聞いてあげれば良いのに」
友達なんでしょう、と続く。
(友達か)
聖王会の面々を思い浮かべる。
もちろん、尚書長である高美も入れる。
彼らほど"友達"なんて言葉から遠い人間はいないように思える。
高美も、聖王会の中にいる時は、俺の前にいる高美とは別人なんだろうとすら思う。
「高美が言いだしたら、聞くよ」
花井汐は俺のほうから聞けば良いのに、と顔に出しながらも、「うん」とだけ、短く返してきた。
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