聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
5
「詳しいことは……僕は子供だったし、本当にはちゃんとわかっていないかもしれないから。
その結果、うちには明石だけが残って。父はよく仕事の時に明石を連れて行ってた。僕も行きたかったけど、連れてってもらえなくて拗ねてたよ。明石も忙しそうにしてて、前より遊べなくなって、母に慰めてもらってた。
しばらくして、その母が事故で亡くなった。バルコニーから落ちて」
「えっ」
あっさりと母親の死を告げる汐の表情は落ちついていた。
「同じ頃、明石もいなくなった」
淡々と続く汐の話に、俺は相槌を打つことも忘れていた。
「誰も、どこに行ったのか知らなくて。
学園で、明石がいると知った時……鷹宮さまに呼び出されたあの時、本当に吃驚した。もう会えないかもしれないとも思ったりしていたから」
「そう、だったのか」
「そのうち、父の仕事が傾き始めて、会社もうちも手放すことになって。父も、亡くなってしまった。
幸い、叔父が引き取ってくれたから、僕が困ることはなかったの。うちも、離れだけは買い戻せたしね」
「……そんな大変なことがあって、学園に来てたなんて」
俺は自分の能天気さを呪いたくなっていた。
汐は「大変なのは僕じゃなかったから」と小さく笑った。
そんな短期間で、そんなにも色々と事件が起これば、自分ならこうではいられないと思う。
汐の身にふりかかった火の粉の、どれぐらいを代わりに背負えるだろうと想像してみる。
「そんな中で、僕は片時も明石を忘れることができなかった」
「家出したんだもんな、そりゃ気になるよ」
うん、と汐は頷いた。
「出て行く最後の夜、明石はここに男たちを引き入れて、僕を襲わせたんだ」
「────……え?」
汐の声はさっきまでと変わりなく落ち着いている。
俺のほうは、汐が何を言ったのか、頭の中で何度反芻しても理解できずにいた。
「男たちをお金で雇って、代わる代わる僕と繋がらせた。明石はその暖炉の前に立って、床に這っている僕を無表情に見ていた。何度も『助けて』って言ったけど、手を伸ばしたけど。明石はその手を踏みつけて、『いい子だね、汐』って……」
「はぁ!? え!?」
暖炉といえば、俺のすぐそばにあった。
この同じ場所に、森村明石は立って見ていた。
友人が複数の男たちに犯される姿を、無表情に。
助けを求めるその手を、踏みつけた。
痣が残るほどに──。
ぞくりと悪寒が走るのを感じた。
同時に、王軍を指揮する姿や、礼拝で朗読する聖王がよぎったからだ。
今こうして話している汐の手に、痣は浮かんでいない。
無意識にか、汐は片手の痣をもう片方の手で撫でていた。
「明石はいなくなったけど、男たちはそれからずっと通ってきた。あの晩と同じことを、僕はずっと受け入れてきた。もしかしたら明石が帰ってくるかもしれないと思っていたし……。
変だよね、怖かったのに。でもずっと明石が帰ってくるのを、待ってたんだ」
もはや汐が何の話をしているのか、よく聞こえなくなっていた。
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