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聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
4
 部屋を出ようとする汐の後を従いていく。

 やっぱり立ち入ったことを聞いてしまった、と反省する。
 両親が亡くなったことなんて、聞かれたら絶対つらいのに違いないのに。

 汐は何を喋ってくることもなく、廊下の足元に懐中電灯で照らしながら、歩いている。

 両側にずらりとドアが並んでいる廊下は、光が入る隙間がない。
 取り付けられたライトが点けば不自由はないのだろうが、今は汐が手にしている懐中電灯が頼りだ。

 複雑な作りの道順は、一人で帰れるかどうか自信がない。

 汐が再び足を止めたドアが、屋敷全体のどこにあるのか想像がつかなかった。
 ちり、と軽い金属音を立てて、ドアが開いた。

 足元はやっぱり毛足の長い、手入れの面倒そうな絨毯で、童話に出てくるような暖炉があった。
 一般庶民の感覚では、さっきの汐の部屋も十分な広さだと思ったけど、この部屋はもう一つ広かった。

 埃避けの下は上座から長く伸びたテーブルで、足元にちょこんと猫足が見える。
 椅子は部屋の隅に重ねられていて、埃避けがかぶせてある。

 壁紙はまだ新しそうだ。
 モスブルーを基調にした複雑な模様が書いてある。
 大きな絵画も布がかぶせてあって、何が描かれているのかまではわからない。

 薄暗いこの部屋に窓があるのかなかのか、俺には判別がつかなかったけど、汐は先刻のようにカーテンを開けようとはしなかった。

「明石の家族は、住み込みで僕のうちで働いてくれてたんだ。ずっと小さい頃は知らなかったけど。
 小学校に行ってる頃、庭園で初めて明石に会った。変な怖い夢見て、母を捜してまわってたら、庭まで出ちゃったんだよね。それまでに誰かに会えば、良かったんだけど」

 唐突に話し出す内容は、また森村明石の話だった。
 俺は絵画の埃避けの端を指でつまみながら、「へぇ」と返した。

 聖王の子供の頃の話というのは、汐のそれと同じぐらいに興味がある。

「庭園で初めて明石に会って、部屋まで連れてってもらって。それから仲良くなったんだ。明石には僕と一緒の学校に来てほしいって、父に頼んだこともあったよ」

 だめだったけど、と笑った。

 きっと小さな汐の中で、森村明石は大事な人だったんだろう。

 広い庭園と迷路のような屋敷。
 そこに子供が一人でいるなんて、どんな生活でどんな心境なのか、俺には想像もつかない。

 小学生の頃なんて、学校が終わって学校で遊んで、家に帰ったらまた近所のヤツらと遊びまわっていた。
 くだらないことで盛り上がってはしゃいだ悪友たちは、大人たちから見てとても『良い友達』と言えるわけじゃないが、俺には大切な存在だった。

 自分以外、誰も子供がいない広い家。
 そこでめぐり合った森村明石は、大切な友人として、汐の心に迎えられたことだろう。

「それでね。明石の両親が、いなくなっちゃった。最初はお母さんが、次にお父さんが」

「なんで……」

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あきゅろす。
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