聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
4
月が、雲に隠れている。
月の近くにある雲を見てわかった。
暗い夜空を覆う雲は厚く、雨粒を抱いていたことを。
灯りの落とされた教会に入った明石は、僕の手を握ったまま無言だった。
僕のほうも言うべき言葉が見つからない。
祭壇まで進むと、明石は燭台に小さな火を灯して床に置いた。
こんな小さな灯りが床にあっても、外からはきっと誰も気づかない。
「もうすぐ、寮で点呼じゃない?」
我ながら下らないことを言っていると思う。
聖王会メンバーがいつも座っているソファに僕を座らせて、明石は「そうだな」と返した。
「ケセド司酒長は新人の相馬さんだから、いないと大慌てになっちゃうかもね」
どうしてだろう。
口が勝手にどうでもいいことばかり、しゃべってしまう。
きっと、明石が話してくれたことが大きすぎて、僕の頭は処理が追いつかないのだろう。
何を言えば良いのか、わからない。
明石もソファにすわって、床でちりちりと燃える火をぼんやり眺めている。
大好きだった明石。
一番最初にできた友達。
両親を追いつめて、僕からすべてを奪って、僕を渇望した……
両親を奪った、と明石に泣いて責め立てるのが正しいのか。
明石の前から無言で立ち去るべきなのか。
明石が握った手に、きゅっと力が入った。
「明石……?」
「汐を抱きたい」
「え」
顔に、かーっと熱が上った。
あんまり、明石が普通に言うのにも、どう反応したら良いのかわからない。
「無理だよ、そんなの。僕は明石を許せない……」
ソファにすわったまま、明石は腕を伸ばしてきた。
肩に置かれた手のひらから、じんわりと熱が広がってくる。
合わせるだけのキス。
さっき雑木林で感じた、柔らかで温かい感触。
小さく開いた唇の合わせ目から、熱にとろけた舌先が入りこんだ。
胸元に、少し冷えた空気がすべりこんでくる。
明石が空いた手の指先で、僕のシャツのボタンを外していた。
おかしな気がした。
明石はここまでして僕を渇望しておきながら、“みんな”の手に僕を引き渡しておきながら。
僕と繋がったことは一度もない。
舌先と同じ熱を持った指の腹が、首筋から胸元に降りていく。
「ん……だめだよ、明石……ここ、教会だし、僕考えがまとまってないし……やっ……」
「汐が欲しい。欲しかった、ずっと」
もう待つのは嫌だ、と呟いた唇が、僕の唇から滑りおりていった。
顎に口づけ、首筋を撫で、胸の尖りに舌を這わせた。
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