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聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
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 その横で、筆記用具をがしゃがしゃ音を立てて片づけながら、尚書長が口を挟む。

「本人が嫌がっているものを、いくら聖王会の指名だからと言って、無理強いはできないでしょう。まして、近年なかった役職で、変な噂もありますし」

 僕だって引きうけるの悩みますよ、と続く。
 そう言う尚書長は、過去に自らの“尚書長”という役職も一度は辞退している。

(噂か)

“姫”にはブラックで気味の悪い噂が、まことしやかに流されている。
 文字通り、『体を張って』反対勢力を抑えて回るとか。

(男同士で体がどうのとか、考えただけでもぞっとするが)

 同性相手に、愛だ恋だと騒ぎ立てるやつの気が知れない。

 自分にないものを求めるのが、愛恋の大前提ってもんじゃないのか?
 心がないように見える磁石ですら、異性質でしか引かれあわないではないか。

(異性質……)

 花井汐。
 整った顔に小柄な体つき。
 薄赤く染まる目元口元。
 男にも見えない女にも見えない、そしてその両者にも見える。
 あれだけは、異質の存在と言えるかもしれない――。

(……。我ながら、バカなことを考えている)

 自分の愚考に呆れながら冷めたコーヒーを喉に下していると、川上侍従長が視線をよこしてきた。

「あのー。議題が終わったんなら帰っていーですか? まだ侍従院のほうで、数字合わすとこもあるんで」

 ああと頷くと、では、と席を立っていく。
 その背中を見送って、尚書長は「ほんっと修司って、遠慮ない」と毒づいた。

「こっちの仕事が終わったんだ。担当部の仕事が残ってるんなら、そっちに回ってもらったほうが中枢にとっても助かる。
 まぁ、侍従長の本当にやりたいことは、院の仕事じゃなくて化学室だろうがな」

 返す言葉に、堀切王軍長が「そうでしょうね」とあっさり返してきた。
 川上修司が化学室で趣味に興じていることは、誰もが周知の事実であるようだ。

 尚書長は、しばらく空を見たあと、俺に視線をくれて「家令閣下」と口を突いた。

「何?」

 尚書長は一瞬ためらうような表情を見せてから、しかし口を開いた。

「相馬さんは、いえ、相馬司酒長は良い人です。……家令院の言うなりになるだけの人じゃないだろうってことも」

「何か言いたいことがあるなら、はっきり言いたまえ。構わない」

「家令院の人間を、ケセドに咬ませたところで何も出やしません、てことです」

 笑いが洩れた。
 尚書長は人なつこい性格だが、本音を洩らす機会はなかなかない。
 笑みを作っておく。

「安心しているが良い、尚書長。君が心配するようなことは、何も起こらないよ」

「だって“姫”のことだってそうじゃないですか。会議なんて、意味がない。こうして会議をもって決定しているように見せて、その実は陛下や閣下の――」

 陛下や閣下の――一存で決まる――

 俺の、眉間を潜めた視線を受けて、尚書長はぐっと言葉を詰めた。

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