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ハルノヒザシ

「あはは。春日君真っ赤。かわいいや」
 口を開くと、気持ちが零れてきてしまいそうで。思わず口をつぐんで俯いた俺に、榎本先輩の言葉がふってくる。
「俺の台湾のおすすめは、三好君に送っておくね。後で見せてもらいな。ガイドブックもあげるよ。凜や望月は夜遊びまでしてたから、もっと面白いこと知ってるかもね」
「あ、ありがとうございます……」
 俺をこんなに動揺させたくせに、自分は相変わらず淡々としている榎本先輩はそう言いながらなにやらスマフォをいじくった。相変わらず俺はスマフォを持っていないので、この頃当然のように俺の知り合いは、三好のスマフォにメッセージを送ってきて、本当に三好は俺のスマートフォン化している。
「あ、ライン返ってきた。『前田、書記さんのとこにいるんですか?』だって。これから、春日君と恋バナするんだって返しとくよ」
「ちょ、なんですか。その誤解を招く言い方は!少し帰り遅くなります、でお願いします」
「もう送っちゃったもん。さあさ、もっとおしゃべりしようよ。どのみち、そんな真っ赤じゃ、まだお部屋帰れないでしょう」
 ぱたんとスマートフォンのカバーを閉じて、机の上に置くと、榎本先輩はさっきよりもいきいきとした瞳で俺を見た。榎本先輩からのメッセージを見た三好が、変な顔しているのが、軽く脳内に思い描かれる。
「こ、こいばな、なんて俺できないです」
「冗談だよ。冗談。ほら、もいっこ食べな。好きなの。まだお菓子もあるよ。こないだ凜がゲーセンで取ってきたやつ」
「そう言えば、凛先輩は…?」
 俺はすすめられるままに、クリームパンに手を伸ばしながら聞いてみる。
「さあね。桃山の勉強でも見てあげてるんじゃない。もしくは望月や萩尾の勉強の邪魔しているか」
「勉強はしてないんですね」
「そうそ。もう海外の大学への入学が決まってるんだって」
「海外!すごいなぁ。どこなんですか」
「どこだっけかなあ?インドだったかシンガポールだったか。アメリカやイギリスじゃなくて、もっと面白そうな場所に行ってみたいって言ってた。凛らしいって思ったよ」
 インドやシンガポールか。なんだかこれからのエネルギーに満ちている地って感じ。確かに凛先輩にピッタリだ。それにしてもすごいなあ。
 もふもふとクリームパンを食べながらそんなことを考えているとようやく胸が落ち着いてくる。
「あ、三好君から返事来た。『恋バナ俺も混ぜて下さい』だって。呼ぶ?春日君」
と思った瞬間にまた、ブーメランのように戻ってきた会話に、俺は思わずせき込んだ。く、三好のばか……。話それたと思ったのに!大丈夫かと、榎本先輩が心配そうに俺を見る。
「だ、大丈夫なので、三好を呼ぶのは勘弁してください…」
「呼ばないの?じゃあ、俺と春日君の内緒話になるね。それにしても…」
三好君こんな冗談言うこともあるんだね、と榎本先輩は少しだけ驚いたようにスマートフォンの画面を目を細めて見た。なにやらまた、画面をいじくっている。俺はその姿を見ながら、ぼんやりとさっきの榎本先輩の言葉を心の中で反芻していた。
(三好くんといるときは、なんか違うよ)
お、俺そうなんだろうか。自分ではそんなことしているつもりはないんだけれど。
自分ですらよくわからないこの気持ちが、三好に不信に思われていたらどうしよう。いや、三好はそんなことでどうもなりはしないだろうけど。
そんなことをもだもだ考えていると、ふと視線を感じて、顔をあげると、いつの間にやら榎本先輩が俺を見てにこにこしていた。
「ふふふ。いいなあ。僕も好きとか、恋とか、そんな大切に思える相手が欲しいよ」
「そ、そんなんじゃ、ないですってばあ」
「三好君は、春日君のこと好きだと思うけどね。俺、三好君のこと中学生から知ってるけど、春日君に会ってすごく変わったよ、三好君」
「そう、なんですか」
「うん、知ってるかもしれないけど。昔はもっと棘があったっていうか、壁があってっていうか、でも寂しそうだった。篠原は中学でも生徒会長で、嘉納と一緒に三好君の銀髪注意しに行って、三好君全然言うこと聞かなくて、嘉納と喧嘩になりそうだったりしてたもん」
確かに、そんな感じの三好の過去の噂や、実際に険悪そうな雰囲気になったりしたのは、見たことがあるし、知っているけど……。
「今だったら、なんとなくわかるよ。三好君、一人が好きって訳じゃなくって、人との接し方がわからなかったんだろうって。きっと、ひとりぼっちはつらかったんじゃないかなあ」
そう、かも、しれない…と俺は榎本先輩の遠くをみるような眼差しを見ながら思う。
俺と三好が出会ったときは、どんな感じだっけ?
でも、三好が同じ部屋ですごく安心したのを覚えている。今もその気持ちは微塵も変わらない。
これは、相手が三好だから、かなあ?
三好も、そう思ってくれてたら…嬉しいな…。
三好が、俺のこと、す…
そこまで考えると、文化祭前の家庭科室での出来事を思い出してしまい、また顔が赤くなったのを感じた。榎本先輩がそんな俺を見て、また優し気に目を細めて、ふっと笑う。

「三好君も、春日君も、いい子だから、きっと良い運命が回ってきたんだね」


「そうでしょうか…?」と聞くと、榎本先輩は「そうだよ」と答えて頭を撫でてくれて、応援して、認めてもらえたようで、すっごく嬉しかった。


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あきゅろす。
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