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ハルノヒザシ
4・(三好視点)
目が覚めたらすっかり熱は下がっていて。頭の重さも身体のだるさも嘘のように消えていた次の日の朝。自分のベッドからいつものように身を起こすと、横に前田が寝ているのに気づいた。
 そういえば、なぜか俺は半裸で。高熱で、ベッドに倒れこんだところから、目が覚める前の記憶が全くない俺は、すやすや眠る前田の寝顔を見ながらしばし固まっていたが、強烈に喉が乾いていたため、眼鏡をかけてから、前田の隣から抜け出し、前田をまたいで、二段ベッドから音をたてずに降りた。テーブルの上に置いてあったポカリを飲み干し、ついでにいたまま置きっぱなしになっていた林檎を齧る。
 喉の乾きが一通り癒えると、半裸のままでいるには、室温が冷たかったので、とりあえず新しいロンTを引っ張り出して着てから、ハンガーにかかっていたパーカーを羽織って、時計を見ると、日曜の朝の6時だった。外はぼんやりと明るい。椅子にかけて、残りの林檎をつまむ。
前田が隣に寝ていた動顛はやや残っていたが、熱で何も考えられずに眠り続けたせいだろうか。ここ数日混乱状態だった頭がはっきりしていた。
しんとする室内は、あの時と同じ。同じ大きさのベッドとテーブル。台所。蛍光灯の灯りの広がる広さも。 
俺があの頃あれほど帰りたくなかった部屋とここは、場所は少し違えど全く同じだ。

ただ今は…。前田がきちんとアイロンをかけたシャツが、壁の洋服掛けにはかかっているし、台所には前田愛用のキッチン用品が綺麗に並べられている。冷蔵庫に貼ってあるホワイトボードには今週の献立予定表に加えて、俺が書き込んだ「おでんが食べたい」の文字。アイツが寝ていた二段ベッドの下段には、整えられた寝具の上に、前田がパジャマにしているジャージがたたまれて置かれている。部屋の隅には弟君が自分用に持ってきた折りたたみ椅子がしまわれているし、テーブルはいつも拭かれていて、俺が本やらケータイを出しっぱなしにする以外は余計なものは置かれていない。

同じ部屋なのに。ここは、前田との生活感が溢れていて。もうすっかり当たり前になっていた光景が。改めて幸せでたまらなくなった。
あの悪夢のような毎日から、こんな毎日に変わるなんて想像もできなかった。
この生活を壊したくない。壊されたくない。
熱を出したとき、優しく看病してくれるあの優しい手を、失いたくない。
前田は、この部屋そっくりの部屋で起こったあの光景を見ても、俺と今まで通りに接してくれるだろうか。

藤堂さえ、前田に引き合わさなければ。
俺が恐れていることは起こらない。
まだ、おそらく前田は藤堂の存在自体を何も知らないはずだ。
藤堂さえ、いなければ。

俺のこの両の手は、沢山の人を傷つけてきた。
今更一人、増えたって、俺のなにかが変わるでもない。
藤堂が、俺に暴力を望むのならば。
もう一度、俺の前から消えてもらおうか。
その気になれば、俺には簡単なことだ。

思わず溜息をつくと、昨日散々悪夢として蘇った光景が、脳裏に映る。
ああ、あの悪夢を蘇らせなど、するものか。


六月の徳永の時は、前田に迷惑がかかるかもと躊躇した。ただ今回は、前田は何も関係ない。
そうだ。簡単だ。
前田が眠っている間に。立ち上がって。部屋を出て。藤堂の部屋に行って。それから自分では動けないくらいに手早く痛めつけてやればいい。もう一度、病院からしばらく出てこれないくらいに。今なら一目にもつかない。身体ももう動く。覚めた悪夢の続きは見たくない。

目を閉じて、耳をすますとまだ、前田の寝息が聞こえた。俺は軽く深呼吸し、拳を握りしめる。
物音をたてないように、立ち上がったはずなのに、椅子が微かに俺を咎めるようにきしんだ。


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あきゅろす。
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