RAPTORS 外伝
血の刻印-4-
一人きりの部屋。
隼は居ない。
今頃泣いてんじゃねぇかな、アイツ――ぼんやり考える。
泣いたら、自分の勝ち。
我慢したら、隼の勝ち。
特に何がある訳でもないが、そう約束している。
ふと、何を思ったか、ごしごしと頬を擦る。
薄くなり、輪郭のぼやけた偽の刺青。
鏡越しにじっと見詰める。
やがて、何か心を決め、部屋を出た。
「あら、王子。良い所に来ました」
母の部屋を覗くと、何やら慌ただしい。
皇后自身はゆったりと構えているのだが、侍女達の動きが落ち着かない。
「お出掛けなのですか?」
問うと、彼女は頷いた。
「あなたも行きませんか?」
「どこに?」
皇后は笑みを深くして、告げた。
「隼の見舞いですよ」
「…見舞い、と、申しますと…?」
大急ぎで支度をし、母と共に輿に揺られる。
そこで漸く、肝心な事を訊けた。
「心配には及びません。刺青の影響で少し熱が上がっているとの事です。明日には元気になりますよ」
「…そうなんだ…。安心しました」
微笑み合いながら、本当にやったんだアイツ、と何か信じられない気分だった。
着いたのは司祭の寺院。
兄を埋葬する時、一度だけ来た事がある。
「ここで隼は育ったのですよ」
不思議そうに建物を見上げる黒鷹に、皇后は一言説明した。
寺院の横にある小さな建物に入る。
自分と同じか、もっと年下の子供達が、こちらを見てくる。
司祭に案内されて、扉を一つ潜った。
「今眠っていますので…起こしますから少しお待ち下さい」
「それは可哀想ですよ。待ちますから、子供達と遊ばせて下さいね」
にこにこと皇后に言われては、司祭も頷くより無い。
「あなたはどうします?王子。良いお友達が出来るやも知れませんよ?」
誘われたが、首を横に振った。
「私の友達は、隼です。母上」
母は優しく微笑み、頷いた。
「では隼が目覚めたら、教えて下さい」
皇后は司祭を連れ立って去って行った。
初めて見た、隼の眠る顔。
いつもなら黒鷹が寝静まってから、隼は休める。
だから、知らなかった。
顔の半分に、大きな傷痕がある事も。
傷痕とは反対側に、今までに無かった黒い印が出来ていた。
正面から見下ろして初めて、それが傷痕と同じ形をしている事に気付く。
そっと、刺青に触れた。
顔が熱くて、すぐ手を引っ込める。
見れば、自分の様に、墨が指に付く事など無く。
本物なんだと、改めて驚いた。
「――なんだよ」
不意に下から漏れた声に、黒鷹は度肝を抜かれた。
不機嫌な顔が見上げている。
「ビックリしたぁ…。起きてたんだ」
「てめぇに起こされたんだよ」
言って、手をついて上体を起こした。
しかしまだ辛かったと見え、手で額と片目を覆う。
「だ、大丈夫…?」
「誰のせいだ」
悪態をつく元気はあるのだ。
黒鷹は笑った。
「それで?どうだった?」
隼は口元だけでニヤリと笑う。黒鷹の予想に反して。
「甘いんだよ。俺の勝ちだ」
「……うっそ」
「本当だよ。何なら司祭に訊いてみろ」
ガタガタと音を立てて椅子から飛び上がり、司祭の元へ走った。
声すら上げなかった、という司祭の証言。
聞いてしまった黒鷹は、しばらくポカンとした。
自分のした物と隼のした物は違う物なのではないかと疑いもした。
だが、そんな筈も無く。
何より、我慢した果ての熱がそれを証明している。
隼に、負けた。
城に戻った黒鷹は、すぐさま両親に懇願した。
“もう一度、刺青を彫る”と。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!