RAPTORS
4
目的の場所に近付いた頃には、すでに辺りは暗くなっていた。
西の空に少しだけ残照が残っている。
「でも、今あそこは蛻の殻じゃねぇのか?」
「だから選んだんですよ。別に焼き討ちする気はありませんから」
二人が向かっているのは、かつて地の民が捕らわれていた収容所。
民を解放してからは、その機能を果たさず、人はいない。
「本当に火ィ付けるだけかよ。なら一人でも十分じゃん」
「単なる放火犯じゃないんですよ」
「そりゃそうだろうけど」
「いえ、そうではなくて。あそこに隣接するように、今は天の宿営地が作ってあるんです」
「ならそっち焼けば?」
「袋叩きになるのがオチですよ。収容所なら人をおびき出すのに適当かと思いまして」
そこまで聞いて、隼はやっと彼のやろうとしている事に気付く。
「光爛には“火を付けるだけ”って言っただろ?」
「それに今さっき不満を唱えたのは誰でしたっけ?」
呆れた顔で隼は、見た目では予想も付かない性格を持った男を見やる。
「挑発ですからね、あくまで」
「アンタがやる仕事かぁ?」
「私しかいませんよ、こんな適任」
つくづく、この綺麗な容姿と柔らかい物腰に騙されてはいけないと悟る。
「怖ぇヤツ」
「そうですか?」
自覚持っとけよと内心で毒気付く。
見覚えのある林に入り、その向こうに黒く聳える建物を仰いだ。
ふと、隼は立ち止まる。
そう言えば、この場所。
「隼…」
縷紅もその場所が何なのか気付く。
以前、目の前に居る彼に刀を突き付けられた場所。
司祭が殺された場所だ。
隼はすぐに元通り歩き出した。
「あの…すみませんでした、あの時は」
原因は自分のミスである事は間違いない。
「許しきれる訳ねぇだろ」
「…はい」
「でもお前の事疑ったのは悪いと思ってる」
「え…」
多くは語らず、隼は暗がりの中をさっさと歩いて行く。
縷紅は小走りになって隼に追いついた。
道が二手に分かれている。
縷紅は宿営地から離れた方を選んだ。
「どうしてアンタは天に行かなかった?」
道を曲がった所で、隼が訊いた。
「内部に詳しい人間が居た方が良かったんじゃないのか?」
「その辺りは茘枝に任せてあります」
「でもわざわざ地に残る事はないだろ」
「いけませんか?」
“何が?”と目で問う。
「私の存在が煩わしいのでしょう?」
苦笑いしながら尋ねると。
「うん、ウザイ」
きっぱりと言い切られる。
「でも、前よかマシ。正体分かってきたから」
「それは良かった」
それでも、苦い物はまだ残っているが。
「私が天に行けば、敵となる人は皆かつての味方なんですよ。それが嫌で…」
最初の問いに答えながら、建物を見上げた。
着いた様だ。
「でもそれは地に居ても同じだろ」
「…」
縷紅は微笑して答えない。
錆びついた重いドアを開ける。
「ここで待っていて下さい」
言って、自身だけ中に入った。
書類や布団など、燃えやすい物を集めて、油を撒き、火をつけた。
燃え広がるのを確認して、外に出る。
バリン、と背後でガラスの割れる音がした。
「いよいよこれで、後には引けませんよ」
隼に言って、自分も炎を眺める。
「ハナっから無ぇよ。後に引く気なんざ」
炎は二階、三階と駆け上がり、ついに建物全体が火だるまとなった。
遠くの方で、人の騒ぐ声がする。
「大勢で来られたらどうする?」
「それは困りますね」
口ではそう言うものの、負ける気はしないのだろう。
口元が笑っている。
やがて人の声が聞き取れた。
だんだん近付いてくる。
声からして、ざっと五、六人。
「期待外れだな」
隼がにやりと笑って言う。
「ま、調度いいでしょう」
声の主達が姿を現した。
武装した男が六人。
建物が威勢良く燃える様子に目を奪われている。
「不審火の調査、わざわざご苦労様です」
縷紅が場違いとも思える言葉で声をかけた。
そうしてやっと、彼らは二人の存在に気付いたようだ。
同時に、声をかけた人物が誰なのかも。
「縷紅…将軍…!?」
「覚えていて下さって光栄です」
言って、剣を抜く。
相手も慌てて抜刀した。
しかし、構える間も与えず、縷紅が斬りかかる。
続いて隼も応戦したが、何かが呑み込めない。
――かつて味方だった?それが嫌?
隼が見る限り、縷紅は全く手加減していない。
無感情に、相手の息の根を止める。
隼が嫌悪感を抱く程、冷徹に。
あと一人と残して、彼はその男ににじり寄った。
男は恐怖に支配され、戦意は明らかに消え失せている。
「命だけは…っ」
引きつった声で命乞いする男を、冷たい目で見ている。
と、左手で男の胸倉を掴み、右手に持った剣を首筋に押し当て、言った。
「軍に戻って皆に告げろ――縷紅は地で、緇宗を待ち受けていると」
男は必死で頷き、手を放すと同時に転がるようにして逃げ去った。
それを見届けると、縷紅はふうっと息をつき、隼に言った。
「帰りましょうか」
いつもの笑みだった。
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