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RAPTORS

 目的の場所に近付いた頃には、すでに辺りは暗くなっていた。
 西の空に少しだけ残照が残っている。
「でも、今あそこは蛻の殻じゃねぇのか?」
「だから選んだんですよ。別に焼き討ちする気はありませんから」
 二人が向かっているのは、かつて地の民が捕らわれていた収容所。
 民を解放してからは、その機能を果たさず、人はいない。
「本当に火ィ付けるだけかよ。なら一人でも十分じゃん」
「単なる放火犯じゃないんですよ」
「そりゃそうだろうけど」
「いえ、そうではなくて。あそこに隣接するように、今は天の宿営地が作ってあるんです」
「ならそっち焼けば?」
「袋叩きになるのがオチですよ。収容所なら人をおびき出すのに適当かと思いまして」
 そこまで聞いて、隼はやっと彼のやろうとしている事に気付く。
「光爛には“火を付けるだけ”って言っただろ?」
「それに今さっき不満を唱えたのは誰でしたっけ?」
 呆れた顔で隼は、見た目では予想も付かない性格を持った男を見やる。
「挑発ですからね、あくまで」
「アンタがやる仕事かぁ?」
「私しかいませんよ、こんな適任」
 つくづく、この綺麗な容姿と柔らかい物腰に騙されてはいけないと悟る。
「怖ぇヤツ」
「そうですか?」
 自覚持っとけよと内心で毒気付く。
 見覚えのある林に入り、その向こうに黒く聳える建物を仰いだ。
 ふと、隼は立ち止まる。
 そう言えば、この場所。
「隼…」
 縷紅もその場所が何なのか気付く。
 以前、目の前に居る彼に刀を突き付けられた場所。
 司祭が殺された場所だ。
 隼はすぐに元通り歩き出した。
「あの…すみませんでした、あの時は」
 原因は自分のミスである事は間違いない。
「許しきれる訳ねぇだろ」
「…はい」
「でもお前の事疑ったのは悪いと思ってる」
「え…」
 多くは語らず、隼は暗がりの中をさっさと歩いて行く。
 縷紅は小走りになって隼に追いついた。
 道が二手に分かれている。
 縷紅は宿営地から離れた方を選んだ。
「どうしてアンタは天に行かなかった?」
 道を曲がった所で、隼が訊いた。
「内部に詳しい人間が居た方が良かったんじゃないのか?」
「その辺りは茘枝に任せてあります」
「でもわざわざ地に残る事はないだろ」
「いけませんか?」
 “何が?”と目で問う。
「私の存在が煩わしいのでしょう?」
 苦笑いしながら尋ねると。
「うん、ウザイ」
 きっぱりと言い切られる。
「でも、前よかマシ。正体分かってきたから」
「それは良かった」
 それでも、苦い物はまだ残っているが。
「私が天に行けば、敵となる人は皆かつての味方なんですよ。それが嫌で…」
 最初の問いに答えながら、建物を見上げた。
 着いた様だ。
「でもそれは地に居ても同じだろ」
「…」
 縷紅は微笑して答えない。
 錆びついた重いドアを開ける。
「ここで待っていて下さい」
 言って、自身だけ中に入った。
 書類や布団など、燃えやすい物を集めて、油を撒き、火をつけた。
 燃え広がるのを確認して、外に出る。
 バリン、と背後でガラスの割れる音がした。
「いよいよこれで、後には引けませんよ」
 隼に言って、自分も炎を眺める。
「ハナっから無ぇよ。後に引く気なんざ」
 炎は二階、三階と駆け上がり、ついに建物全体が火だるまとなった。
 遠くの方で、人の騒ぐ声がする。
「大勢で来られたらどうする?」
「それは困りますね」
 口ではそう言うものの、負ける気はしないのだろう。
 口元が笑っている。
 やがて人の声が聞き取れた。
 だんだん近付いてくる。
 声からして、ざっと五、六人。
「期待外れだな」
 隼がにやりと笑って言う。
「ま、調度いいでしょう」
 声の主達が姿を現した。
 武装した男が六人。
 建物が威勢良く燃える様子に目を奪われている。
「不審火の調査、わざわざご苦労様です」
 縷紅が場違いとも思える言葉で声をかけた。
 そうしてやっと、彼らは二人の存在に気付いたようだ。
 同時に、声をかけた人物が誰なのかも。
「縷紅…将軍…!?」
「覚えていて下さって光栄です」
 言って、剣を抜く。
 相手も慌てて抜刀した。
 しかし、構える間も与えず、縷紅が斬りかかる。
 続いて隼も応戦したが、何かが呑み込めない。
――かつて味方だった?それが嫌?
 隼が見る限り、縷紅は全く手加減していない。
 無感情に、相手の息の根を止める。
 隼が嫌悪感を抱く程、冷徹に。
 あと一人と残して、彼はその男ににじり寄った。
 男は恐怖に支配され、戦意は明らかに消え失せている。
「命だけは…っ」
 引きつった声で命乞いする男を、冷たい目で見ている。
 と、左手で男の胸倉を掴み、右手に持った剣を首筋に押し当て、言った。
「軍に戻って皆に告げろ――縷紅は地で、緇宗を待ち受けていると」
 男は必死で頷き、手を放すと同時に転がるようにして逃げ去った。
 それを見届けると、縷紅はふうっと息をつき、隼に言った。
「帰りましょうか」
 いつもの笑みだった。




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あきゅろす。
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