RAPTORS
9
言うなれば、偽者の自分を本物に変えてしまった人物。
否、理屈は抜きだろう。
親友は親友。それ以上は無く、それ以下ではない。
例えそれが戦場でも、一緒に居て当然だった。
だから。
だからあんなにも、失うのが怖かったのだろう。
十年前のあの時、自分は「失いかけた自分」を取り戻した。
そして彼は、「自分以外の存在」を再び手に入れた。
もう決して、手放したくなかった。
根・天・地、その上から降る光が、黒鷹を照らす。
その光で、眠りから覚めた。
この森での、二度目の朝。
先ず、隣に目をやる。
その時、隼がふっと目を開いた。
数日振りに合わせた視線。
声にならなかった。
驚きと、歓喜のせいで。
やっと、その名を呼ぼうと息を吸った時。
「アホかっ!!天国までのこのこ付いて来てんじゃねぇ!!!」
先制パンチを喰らった黒鷹。
「そ、そこまで馬鹿じゃねぇよ!!勝手に俺をあの世の住人にすんな!!」
慌てて反撃開始。
「自覚無ぇのか?カワイソーな奴」
「それはお前の方だっつーの!!ここはあの世じゃなくて、この世!!」
どっちが“あの”で、どっちが“この”なのか。
「ここは根の城の裏庭!お前の養生の為に来てやったんだよ!!」
「嘘付け…」
言いながら立ち上がって、偵察しようとしたが、ぐらりと揺れて。
前のめりに倒れて水しぶきが上がる。
黒鷹が仰向けにして起こすと、分かりにくいが顔色真っ青。
「…血が足んねぇ…」
「そりゃそうだろ。何も食ってない上に吐きまくってんだから。…天国でまで貧血になるとは思わなかったろ?」
「お前が無駄に叫ばせるから…」
「自分で勝手に騒いでんじゃんよ。寝起きっから」
「分かったから」と、弱々しく片手を挙げ、
「ここが本当に根の城だって言うんなら、医者呼んで来い…」
「うっわ、めっずらし!医者嫌いが」
「うるせーんだよ!!早くしろ!!」
「また無駄に体力使ってるし…」
浪費とはこの事だ。
しかし、本当にぐったりとしている隼を見て、黒鷹はそれ以上のツッコミを飲み込んだ。
「病人の自覚あるんあら、大人しくしとけよっ!」
と、あまり意味の無い捨て台詞を残して、足取りも軽く城の中へと入っていった。
「…ホントに根の城だったんだな…」
いつかも来た事のある、根の城の診療室。
隼は寝台の上。
「まだ疑ってたのかよお前。寝てなくて大丈夫なのか?」
隼の隣に、椅子に座って彼の顔を覗き込む黒鷹が居る。
「そんなの俺の勝手だろ。こんなに寝てたら飽きたっつーの」
「大丈夫ですよ」
横から、いつぞや世話になった医師が告げた。
「貧血以外の症状は見られませんから。後遺症なども見られません。」
「そっか、良かったなぁ隼」
素直に“うん”とは言わず、
「ま、死ぬよりはマシだろうな」
「何だよソレ。もうちょっと素直に喜べよぉ!」
「別にどうでも…。それより、他の奴は?お前一人で来た訳じゃねぇんだろ?」
「あ、旦毘が快気祝いに酒盛りやろうって言うから、皆でその準備」
「旦毘って?」
「縷紅のダチ。ずーっとお前背負ってくれてたんだぞ」
「ふうん…。まぁた暢気なヤロウが増えたもんだな。酒盛りなんざ」
「オイオイ…」
隼は一つ息をついて、天井を見つめる。
「本当に根と同盟組んだんだな」
「違うよ。光爛が統一しようって言ってくれたんだ。まだ俺は返事してないけど」
「…アイツを殺さなかったのか…!?殺さずにこんなに馴れ合ってるって言うのか!?」
黒鷹は隼の目を見て笑う。
「大成功だろ?あとはお前次第だ」
「…どういう事だ?」
隼の問いには答えずに、黒鷹は部屋の扉に向かって言った。
「入ってくれよ、光爛」
「え…」
小さく声を漏らした隼をよそに、扉は開いた。
予想を裏切らず、そこに現れたのは光爛だった。
思わず、隼は左手で剣を探る。
その手首を、黒鷹が握った。
「大丈夫だから」
笑いかける黒鷹に、隼は不安そうに首を横に振った。
光爛は、隼を挟み黒鷹と向き合う形で座った。
「…大丈夫か?」
彼女は隼に話しかけた。しかし、隼は答えず光爛を見ている。
「私の話を聞いてくれるか?」
それでも隼の態度は変わらない。
「…俺はな、お前が地に来た理由を聞いてから統合を決めようと思う。あと、お前の意見も聞きたくて」
「何故…」
「ゆくゆくはお前が国を治める事になるから」
「はぁ!?冗談言ってんじゃ…」
「それは後の話。聞きたくないのか?地に来た理由」
「…捨てたんじゃねぇのか」
黒鷹の方を向いて訊いたが、光欄への問い。
「…違う。奪われたのだ。国王側の者共に」
「奪われた…?」
「あの頃私は度々叛乱を起こしていてな。王を倒し、新しい国を作ることに必死だった…。この城まであと一歩と迫った時、国王側にお前を人質に取られたのだ。叛乱を止めねば殺す、と――」
彼女はゆっくりと首を振った。
「私事の為に、仲間を裏切れなかった…。城を攻め落とし、国王を殺した。私は子の命より国を選んだ。城に攻め入ればお前を助けられると思ったが…見つからなかった。手遅れだったのだ。お陰で夫と娘は私から離れた。確かに母親失格だ」
「…でも、俺は殺されてない」
「奴らに赤子を手にかけることなど出来なかったのだろう。地の者に殺させようとした…それで、お前は地に…」
「――」
「死んだと…私が殺したと思っていた。あの時、国を選んだ時から、私は間違っていたのかも知れない。…あれだけ悔いた筈なのに、今また二の舞をするところだった。黒鷹には感謝している。私を正気に戻してくれた」
「俺は…別に何も…。でも嬉しいよ、光爛がそう言ってくれて。な、隼?」
彼は答える代わりに、真っ直ぐに光爛を見つめた。
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