RAPTORS
1
“いらない”
また側近が増えるらしい。
兄、峻鴛(しゅんえん)を失って一年。
その間、側近を始めとした周囲の大人達は、いろいろと言葉をかけてきた。
それは励ましだとか、悪気の無い言葉だと分かっている。
ただ、それが本心だったかどうか。
いくら幼いとは言え、それが建前だと薄々感じとっていた。
立場上口にしなければいけない言葉も、憐みによる同情も、いらない。
それは悲しみを逆撫でするだけ。
誰にも会いたくなかった。
その中の、この知らせ。
「もう大人は嫌」とこぼした彼に、母親は優しく否定した。
同世代、二つ上の、側近。
子供、しかも孤児。
それでも、それは大人の同情と策略によるものだろうと思っていた。
そして扉は開いた。
「失礼します、王子」
「失礼です」
生意気な幼児である。
「なに?俺入っていいって言ってないよ?」
自室の広々とした寝台に転がったまま、最近雇われた世話役に言った。
「申し訳ございません。新しい側近をご紹介したいのですが」
「べっつに、どうでもいいもん。あ、お前、名前なんて言ったっけ?えーっと、アザラシじゃなくて…トド?」
「阿鹿です。王子…」
十年後にも同じ台詞を吐かなければいけないとは,彼はこの時考えなかっただろう。
「お目通りだけでもお許し下さい」
「しょーがねぇなぁ」
浅く礼をして、阿鹿は横に居た人物を呼んだ。
「…白っ!」
とりあえずこれが第一印象。
見たまま、白。服も白いのだが、肌が、髪が。
「ホントに人か!?真っ白じゃん!像みたい…そうだコレ庭にあった像だろ!?何で動いてんだ?」
「うっせぇな!俺はモノじゃねぇんだよボケ!!」
突然、恐らく生まれて初めて浴びた罵声に、はしゃいでいた彼も流石に固まった。
無論、もっと驚き慌てたのは世話役なのだが。
「こ…こらっ!王子になんという事を!!」
「黙れ」
その言葉は叱られた方からではない。
「王子!?」
ムッとしていた顔が、何故か急にニカッと笑った。
「コイツ、面白い。トドは下がっていい」
「…阿鹿ですが」
「何でもいい。お前は要らない」
全く持って酷い言葉である。
阿鹿は言葉を無くし、背を丸めて下がった。
哀れな背中を見送って、側近となった少年が言った。
「ひっでぇ奴」
「だろぉ?俺あんなうるさい奴初めて」
同意を得られた事に喜んでいると、冷ややかな目が向けられる。
「違う、お前のこと」
「え…何で?俺ヒドイ?」
自覚が無いだけ厄介だ。
「分かんねぇのか。ああやって無駄にガミガミ言う事があの人の仕事なんだよ。あれで生活しなきゃいけないカワイソーな人なんだ」
「ああ、そうなんだぁ」
捻くれた解釈に、素直に悪影響を及ぼされる。
「なぁ、お前、名前は?」
「どーせ覚えもしねぇくせに」
「どうでもいい奴は覚えねぇんだよ。さっきのみたいな」
しばらく疑わしげに見ていたが、渋々名乗った。
「隼。もう教えねぇからな」
「ハヤブサだろ、簡単じゃん!俺、黒鷹」
「知ってる」
「…なんだ。なぁ、何でこんなに白いんだ?お前」
「悪いか?」
「ううん、白くてキレイだから訊いてんだ」
真直ぐな瞳で、真剣に説明したが。
「バッカじゃねぇの?」
「うわ、バカって言った方がバカなんだぞー!!」
それは小学校で吹き込まれる理屈だ。
「知らねぇよ。じゃあ訊くけど、なんでお前の髪は黒いんだ?」
「何でって…。うーん、父上と母上の髪が黒いから?」
「…俺も多分、それと同じ」
「あっ、なるほどぉ。そっか、そうだよなぁ」
妙に納得する黒鷹。逆に不安になる隼。
「俺に親が居ないって、知ってんのか?」
突然の問いに、きょとんとする。
「ん、ああ。母上にそうゆう事聞いた気がする」
先刻の問いの答えが、正直隼には意外だった。
“分からない”で返ってくると思っていた。だから俺も知る筈がない、と。
親の遺伝――隼の方が納得していたのだ。
未だ見ぬ両親の事を初めて考えさせられた。
だから思った。自分が親を知らない、親という概念が無い事を見透かしての答えだったのだろうか、と。
勿論、黒鷹はそんな事考えもしなかった。
「でもさ、俺も同じようなモンだ。二人とも忙しくて滅多に会えないし。兄上はいなくなったし」
「いなくなった?」
「遠い所に行ったんだ。俺を置いて」
「…そっか」
“遠い所”がどこなのか、隼には分かる。
生まれて初めて心から慕っていた人も、そこに行ったから。
「それよりもさ、お前なんで側近になったの?大人じゃない家臣見たの初めて」
黒鷹が再びいつもの調子で言う。
「べっつに、周りの大人共に言われて来ただけだ。皇后さまの頼みが断れる筈も無いし。金の足しにもなるし」
「…かねのたし?」
「孤児院の奴らが俺の働いた金で食ってんだよ」
「ふーん…」
分かったような分からないような。
「じゃ、お前がやりたかった訳じゃないんだ?」
「まぁ、どっちでも良かったけど。…退屈だったから」
「たいくつ?」
「ここなら暇つぶしにでもなるかと思ってさ」
「俺も…調度ヒマだったんだ。一人で遊び相手いなくて」
「ガキの遊び相手ならヒマな方がいい」
だから、お前もガキだ。
黒鷹は隼の言葉を受け流した。“ガキ”が自分の事だと気付かなかっただけかも知れないが。
「仲良くしような!えーっと、ハ…」
「やっぱ忘れてんじゃねぇかよ名前」
「覚えてるって!えっと、ハ…は…ははは?」
笑ってごまかす…が、かなり苦しい。
「もういい。俺帰る」
「待てって!今思い出すから!…っと、なんだっけ」
「お前の名前を言ってやろうか」
「へ?俺の?」
「お前じゃねぇんだ。ちゃんと覚えてやってんだよ」
「ホントにぃ〜?」
疑ってどうする。
「黒豚、だろ?いい名前だな。高級そうで」
「なっ!!俺はブタじゃねぇ!ちゃんと覚えてねぇじゃんかよ!えらそーに言いながら!!」
「うっせぇ!てめぇなんか黒バカでいいんだ!決定、今日から馬鹿」
「だからバカって言った方が(以下略)」
何だかんだ言って、互いの正式名称はその後十年間、忘れられた事は無い。
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