RAPTORS 5 翌日、隼は姿を消していた。 鶸も茘枝も面食らって大騒ぎする一方で、黒鷹はこうなる事が分かっていた。 「おま、何そんな落ち着いてんだよ!?」 耳元で喚く鶸の声にも動じず、 ただ一本だけ点された蝋燭を見詰めていた。 この五年、隼が見続けてきた灯りを。 「黒ちゃん」 茘枝が視界を遮る。 「後悔するわよ、必ず」 彼女は黒鷹自身が隼を去らせた事を、見透かしていた。 「…分かってる」 呟く。そうとしか言えない。 「民に伝えて欲しい。今から移動を始める」 「クロ!」 鶸の声を無視して、黒鷹は続けた。 「この場所は崩して跡形も無くす事が出来る。天の奴らは追って来れない」 「お前、本気で言ってんのかよ!?」 怒鳴りながら鶸は、黒鷹の肩を掴んだ。 「本気で隼置いて行く気かよ!?」 「置いて行くんじゃない。アイツは自分の行くべき所に行ったんだ」 「意味分かんねぇよ!アイツはお前の側近だろうが!!お前の側以外に行く所なんざ無ぇだろ!!」 「誰がそんな事決め付けられるんだよ!?隼の側近の任は解いた!俺自身が!!」 「……は?」 「それで隼が俺達と民の為に一人で戦う事になるのも分かってるよ!!でも俺はアイツを止められはしないんだ…!」 鶸も、茘枝も、目を見開いて。 信じられないものを見るように、黒鷹を見ていた。 黒鷹は、自分が何をしているか、嫌と言う程分かっていた。 「これが…王としての俺の選択だ。隼がそう教えてくれた。本当に守らなきゃいけないものは何かって」 「お前は…隼犠牲にして…民を守る気か…!?」 「…それしかないんだ。今は」 「……」 鶸はついに言葉を失って、虚空を睨んだ。 「出よう。時間が無い」 黒鷹は二人を促し、もう一度蝋燭を振り返る。 この五年、隼が何を感じ、考え、見出だしてきたか――ついに解らなかった。 ただ、彼に背中を押されるままに行くしかない、と。 それだけは強烈に判っていた。 地の民は移動を始め、元居た場所は土砂で埋まった。 もう後から追う事は出来ない。何人たりとも。 むっつりと鶸は黙りこくって、それでも黒鷹の側を離れず歩いていた。 言いたい事は山程あるだろう。しかし言葉にならないのだ。 黒鷹にはその鶸の気持ちが解る。自分自身に対して同じ感情を抱いているから。 どうして、そう思いながら。 王としての自分は、その疑問に、責め句に、耳を塞ぐ。 ふいに、鶸が顔を上げた。 「なぁ…なんか地響きしねぇ?」 「――!!」 近付いてきたのは、辺りに響き渡る蹄音。音だけで予想を上回る数の馬が走っているのが分かる。 轟音は、通路の頭上を通過した。 民は騒然とした。 天の軍隊に間違いは無い。 「黒鷹!」 鶸が叫ぶ。既に刀の柄を握っている。 「俺は一人でも戻るぞ!!お前や隼が何と言おうが戦うからな!」 走りだしそうな勢いで、黒鷹に怒鳴った。 「待て、鶸」 「待たないっ!!」 「出口は崩れてるんだぞ」 「掘り返して出るっ!」 「なら一生掘ってろ!別の道はこっちだ!」 「…………へ?」 黒鷹は横の壁を思い切り蹴破った。 ボロボロと崩れる土壁。そこに道が現れた。 地下通路と平行に作られた、もう一つの脱出口だ。 「…早く言えよ」 「聞かねぇからだ」 「いいの?黒ちゃん?」 茘枝が目元を笑わせながら訊く。 「ま、なんとかなるっしょ。大丈夫、三人で帰ってくるから。民をよろしく」 「ん。分かった」 二人は駆け出した。 「この道、どのくらいかかる!?」 「少なくとも半日かかるな」 「まっじかよ!戦始まっちまうじゃん!!」 「全速力で行くぞ!」 「おう!!…でもいざ戦う時にバテるな、こりゃ」 「全くだ」 それでも二人は走る。出来る限りの速さで。 「しっかし、ビックリしたぁ」 「何が」 鶸が走りながらぼやいた言葉を、不審そうに黒鷹が聞き返す。 「ホントに隼のコト見捨てるのかと思った」 「見捨てたんじゃねぇし。俺はアイツの自由を尊重しただけだ」 「どーだか。じゃあ何の為に戻ってるんだよ、お前」 「お前は?」 「そりゃ勿論、隼一人で戦わせる訳にはいかねぇじゃん」 「自分が戦いたいってのもあるんだろ?」 「まぁ…いやっ!?何でだよ!?俺の為じゃねぇ、隼の為だ!」 「顔に書いてあるぞ、一暴れしたいって」 「〜〜っじゃあお前は何の為なんだよ!?」 「お前の為」 「……」 一瞬納得しかけたが、その台詞はおかしいと気付く。 「俺が戦っても危ないってのかよ!?そんなに弱かねぇぞ俺は!!」 「違うって。一人で元の場所に戻れるか心配でさ」 「あーそっか、俺って方向オンチだし…って!一本道だろうが!真顔で馬鹿にするんじゃねぇっ!!」 「別に…」 上の空な黒鷹の言葉は、騒音に掻き消された。 再びおびただしい数の馬が、頭上を通過したのだ。 「これって――」 鶸が真顔に戻って口を開く。 「天の…」 「鶸、ホントに急ごう」 黒鷹は、ぎりっと歯を軋らせた。 「隼が危ない」 [*前へ][次へ#] [戻る] |