RAPTORS
6
夜――
隼は基地のあった場所の側で敵を待った。
広い平原の中で一人立っている。敵が来ればすぐに気付くように。
静かだった。
嵐の前の静けさ――嵐が近付いて来ている事を予感させぬ静寂だ。
あの頃のようだと、隼は思った。
五年前、落城した城跡に佇むより無かった、あの頃。
昼間は天の兵が瓦礫を片付けているお陰で近寄れはしなかった。来るのはいつも夜、調度こんな時間だ。
危険を冒してまで来なければならない理由は何も無い。来て何をする訳でもない。ただ、こうして佇むだけ。
――ただ、心のどこかで。
待っていた。あの声を。
有り得ないと知りながら。
もう二度と聞く事の無い声を。見る事の無い笑顔を。
今と、同じに。
クロ――心の中で呼び掛ける。
悔いてなどいない。これから先、何があっても後悔は無い。
黒鷹を命懸けで守らねばならぬ理由が、隼にはある。
あの時、城に行かせてしまった。
何も疑う事無く、命じられるままに、敵の占拠する城へ行くよう誘導してしまった。
悔やんでも悔やみきれない大きな過ち。
それを、今、命でもって購うのだ。
何も悔いは無い。
ただ、アイツが無事で居てくれれば、それで――
がさがさと落ち葉を踏み歩く音。
さして警戒もせず、横目だけ向けて相手を確認する。
闇から現れたのは、隼のよく知った根の人間――栄魅。
「行列に加わらなかったわ」
彼女は隼の顔を見て、さばさばとした口ぶりで言った。
「何やってんだよ、危ねぇぞ」
「それはこっちの台詞。そんな勝手な事していいの?」
「俺はもう地の奴らとは関係無い。何しようと勝手だ。…何故残った?危ないと分かっていながら」
「私が地の民に混ざって逃げて、何の利点があるって言うの?」
“どういう事だ?”と、隼は眉をひそめた。
「あなたには協力してもらわなくちゃいけないもの。私の復讐のね。その為に今回は手伝ってあげる」
「…ふーん」
他人事のように受け流す。
「冷たい人」
言われた隼は“違いない”と、どこかで思っていた。
「“死んだらどうするんだ”って、言ってくれないんだ?」
「別に、俺は困らない。今更手伝うなっつっても、効果無いだろ?」
「…まぁね。でもホントに冷たいなぁ。王様にはそんな事言わないでしょ?」
実際、死なれると困るから、自分が今ここに居るわけだが。
「戦えるのか?」
隼はさして関心も無さそうに、空を仰ぎながら至極当然の事を訊く。
「あの女を討つ為にここに居るのよ?馬鹿にしないで」
「なら、いい。足手まといは要らねぇからな」
「そんなにハッキリ言わないでよね」
ムッとして栄魅が言う。彼女自身も否定しきれないのだが。
「言っておくが、俺はアンタを助けねぇぞ。死んでも自業自得だ」
「いっちいち癇に障るなぁ。その台詞そっくり返してあげる」
「上等だ」
隼は冷笑とも不敵ともつかぬ笑みを見せて言った。
「ねぇ」
彼の表情を見て、ふと疑問を抱く。
「そこまでして地を守りたいの?それとも天を滅ぼしたいの…?」
隼は真顔で口を閉ざし、少し考え、
「両方だ」
と言い切った。
「何故?」
「俺は黒鷹しか居場所が無くってな。奴が死ねば地は滅びる。地が滅べば奴は死ぬ…。地を守る事が俺の命題であり、黒鷹を守る事が皇后陛下への恩返しだと思っている」
「皇后の恩って?」
「俺に名前をくれた人だ。黒の側近に命じて下さった恩もある」
「名前って“隼”っていう?そう言えば王様の名前も鳥ねぇ」
「――天の上を飛ぶ。自由の名だよ」
彼には珍しい、純粋な微笑を浮かべる。
「いつか、あの空をも自由に飛べるように。――天との戦が無くなるように、と…」
「…だから、戦うの?」
微笑は掻き消え、空虚のような無表情が残った。
「…そんな立派な理由じゃない。俺は名に欺いた」
「天を滅ぼしたい…理由?」
「ああ。復讐だ」
怒りすら見て取れぬ無表情が、却って恐い。
「…何の?」
「そこまで教える義理は無い」
「いいじゃん、別に」
栄魅はふくれっ面を作って言ってみるが、深く追求はしない事にした。
隼には口を割る気配が無い。
――俺のせいで死んだヒトだ。
強ければ。
「もしかして…最初に言ってた“いいヤツ”って人の事?殺された…とか…」
隼と栄魅が出会った時、彼が言った言葉。
“たまにはいいヤツも居るんだよ、そうでなきゃ俺達は生きていない”と。
隼は何も言わない。
彼女はそれを肯定と受けた。
「命の恩人?」
「いや…そんなのじゃない」
――肉親のような人。
そう答えようかと思ったが、やめた。
平穏な空に、憎い国が望める。
鳥が一羽、空高く舞っている。
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