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RAPTORS

 ややあって縷紅も到着した。
「またお世話になります」
 丁寧に挨拶をし合う大人を横に、鶸と黒鷹は外を覗く。
「隼は?」
 視線は外に向いたまま、黒鷹が訊いた。
「…来てませんか?」
 不安げに、縷紅も外を見る。
「置いて来たのか?」
「ええ、まぁ…」
「仲悪いもんなぁ、お前ら」
 曖昧な返事の後の、鶸の痛烈な一言。
 せめて司祭の前では言わないで欲しかった…と苦く笑う。
「私が嫌われているだけです」
 やんわりと否定してみたが。
「縷紅殿」
 司祭に呼ばれて、思わずぎくりと振り向く。
 前は「よろしく」と言われながら、疑念を抱き続けていた負い目もある。
 今も、それは完全に消えた訳ではないが。
 それらが露骨に顔に出たせいか、黒鷹と鶸がにやにやと笑っている。
 司祭もまた、縷紅にとっては意外だったが、静かに笑っていた。
「隼は貴方を嫌っている訳ではありません。あの子はただ、天に産まれた者が、許せぬだけですよ。全く貴方には申し訳ないのですが」
「…それは…先の戦の為にですか?」
 縷紅は目を丸くしながら聞き返す。
「いいえ。その前からです。全く個人的な復讐心です。私がいくら説得しても、消す事が出来なかった…」
「一体何が…?」
 思わず問う。黒鷹と鶸も耳をそばだてている。
「唯一心を開いた“母親”を殺されたのですよ。天の者に。彼の、目の前で」
 言葉少なに、司祭は説明した。
 しかし、三人の好奇心を黙らせるには、十分だった。
「あれから益々塞ぎ込むようになり、復讐の剣にのみ打ち込むようになりました。あの事件があり、貴方様に仕えるようになるまでは」
 言いながら司祭は黒鷹に視線を移した。
「…事件?」
 司祭の言い方からして、それは隼が黒鷹に仕える直前に起こったものだろう。
 しかし黒鷹は何も思い当たるものが無い。
 それも見越しているように司祭は頷いて、告白した。
「襲われたのですよ、地の人々に」
「えっ…!」
 思わず黒鷹と鶸は絶句していた。
 そんな事、聞いた事が無かった。
「あの…目の傷ですか…?」
 縷紅も驚き、問うたが、司祭は首を振った。
「あの傷は初めてここに運ばれた時のものです。そして再び、地の根に対する憎しみの対象とされたのです。この場所で」
 三人は建物を見回した。
 安心すべき家も同然の、この場所。
「私は留守をしていましたが、他の子供達の見ている前で、五、六人の男だったと聞いています。隼は持っていた木刀一本で応戦した、と」
 凶刃を持つ男達と、僅か六つばかりの少年一人。
 普通ならば命を落としていてもおかしくなかっただろう。
「…その時既に、彼の才能は目覚めていたという訳ですね」
 一度見た、隼の剣技を思い出しながら、縷紅は言った。
 自分だってそれなりの使い手だと自負しているが、自分と同じくらい、或いはそれ以上だと見ている。
 司祭は複雑な顔で頷き、語り続けた。
「幸か不幸か、大怪我だけで済みました。犯人を殆ど自らの手で打ち倒して。…しかしそれで、完全にこの院に居場所を失ってしまったのですよ」
 一部始終を見ていた他の子供達には、隼は最早異端の者としか映らなかった。
 それどころか、またもこんな襲撃を呼び起こすのではないかと思われ、それは司祭にも否定出来なかった。
 虐めは更に露骨になり、怪我の治療もままならず――
「数日経ったある日、私が一日仕事に出て帰った時でした。冷たい雨の中、隼が一人、玄関の脇にうずくまっていたのです」
 当然まだ傷は塞がっていない。
 それなのに一日中そこに居たのだろう。体温は殆ど残っていなかった。
 何故なのかは、すぐ判った。
 他の子供達が追い出したのだ。またあんな事件になるなら、自分達の関係の無い所で起こして欲しい、と。
 冷えた身体を抱きかかえ、暖炉で暖まった屋内に入る。
 二人を見上げる子供達の目。悪い事かも知れないが、当然の事をしたと言いたげだ。
 司祭は怒ろうとして。
 何も言えなかった。隼の細い声が耳元で聞こえたからだ。
“俺が勝手に出てただけだ”
 そんな筈は無いのに。
 司祭はその瞬間決めた。隼を城に置いて貰う事を。
 翌日には怪我の治療を目的として城に送っていた。その後は皇后の計らいで、黒鷹の側近となっていた。
「確かな事は言えませんが…あの事件以来、隼は根の事を言う様になったと記憶しています。犯人から何か言われたのでしょう」
 司祭は縷紅に向けて言った。
「それまでは私達も、勿論隼自身も、根の事など思いも寄らなかったのです」
 言われて縷紅ははっとした。
 司祭は自分の疑念に気付いている。
 もう、ここまで言われては、取り繕う気など起こらなかった。
「よく…分かりました…」
 やっとそれだけ言うのが精一杯だったが、司祭は微笑して頷いた。
 “黒鷹が居なければ俺は何も出来ない”。先程の言葉の意味が、少しだけ解った。
 黒鷹が居なければ、隼は、己があれだけの刀を振るう理由を見出だせないのだろう。復讐以外に。
 自分を虐めた子達を庇う程の優しさがあるが故に。
「あーあ、雨強くなってるよ。早く来ればいいのに」
 言いながら、黒鷹は暖炉の元へ帰る。
「天の奴らに見付かってたりして」
 鶸も、黒鷹に続いて暖を取る。
「だぁいじょぉうぶだろぉ?」
 暢気に答えたが、果たして本当にそうだろうかと考えた。
 その矢先だった。
「――天の兵が!!」
 司祭が叫んだ。
 慌てて窓の方を見る。
 確かに天の人間が、集団で近寄ってくる。
「こちらへ!」
 司祭が奥の部屋へ、三人を導く。
 寝台しかない寝室だ。
 彼は、一見何も無い部屋の奥へ突き進み、壁の一部を押した。
 カチン、と奥で音がした。
 そして、横に引くと、空間が現れた。
 息を呑む黒鷹達に、司祭は言った。
「中へ――!」
 入ってみると、横に階段がある。どうやら地下があるらしい。
 階段を降りていると、光が消えた。
 司祭が扉を閉めたのだ。
 だがそれは目が慣れると、先がぼんやりと見える闇だ。
 四人は声をひそめて地下で待った。
 やがて、玄関の扉が開き、五、六人が駆け入る足音がした。
 このまま何事も無く、敵は去るかと思われた。
――だが。
 急に足音が慌ただしくなった。
 叫び声、刃を交える音。 何事かと、闇の中お互いに無言で問う。
 一人、二人と、人が倒れる音が響く。
「――まさか」
 思わず沈黙を破ったのは、縷紅だった。
「隼が!?」
 その後、何を問うでもなく、武器を携えて三人は立った。




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あきゅろす。
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