RAPTORS 6 ややあって縷紅も到着した。 「またお世話になります」 丁寧に挨拶をし合う大人を横に、鶸と黒鷹は外を覗く。 「隼は?」 視線は外に向いたまま、黒鷹が訊いた。 「…来てませんか?」 不安げに、縷紅も外を見る。 「置いて来たのか?」 「ええ、まぁ…」 「仲悪いもんなぁ、お前ら」 曖昧な返事の後の、鶸の痛烈な一言。 せめて司祭の前では言わないで欲しかった…と苦く笑う。 「私が嫌われているだけです」 やんわりと否定してみたが。 「縷紅殿」 司祭に呼ばれて、思わずぎくりと振り向く。 前は「よろしく」と言われながら、疑念を抱き続けていた負い目もある。 今も、それは完全に消えた訳ではないが。 それらが露骨に顔に出たせいか、黒鷹と鶸がにやにやと笑っている。 司祭もまた、縷紅にとっては意外だったが、静かに笑っていた。 「隼は貴方を嫌っている訳ではありません。あの子はただ、天に産まれた者が、許せぬだけですよ。全く貴方には申し訳ないのですが」 「…それは…先の戦の為にですか?」 縷紅は目を丸くしながら聞き返す。 「いいえ。その前からです。全く個人的な復讐心です。私がいくら説得しても、消す事が出来なかった…」 「一体何が…?」 思わず問う。黒鷹と鶸も耳をそばだてている。 「唯一心を開いた“母親”を殺されたのですよ。天の者に。彼の、目の前で」 言葉少なに、司祭は説明した。 しかし、三人の好奇心を黙らせるには、十分だった。 「あれから益々塞ぎ込むようになり、復讐の剣にのみ打ち込むようになりました。あの事件があり、貴方様に仕えるようになるまでは」 言いながら司祭は黒鷹に視線を移した。 「…事件?」 司祭の言い方からして、それは隼が黒鷹に仕える直前に起こったものだろう。 しかし黒鷹は何も思い当たるものが無い。 それも見越しているように司祭は頷いて、告白した。 「襲われたのですよ、地の人々に」 「えっ…!」 思わず黒鷹と鶸は絶句していた。 そんな事、聞いた事が無かった。 「あの…目の傷ですか…?」 縷紅も驚き、問うたが、司祭は首を振った。 「あの傷は初めてここに運ばれた時のものです。そして再び、地の根に対する憎しみの対象とされたのです。この場所で」 三人は建物を見回した。 安心すべき家も同然の、この場所。 「私は留守をしていましたが、他の子供達の見ている前で、五、六人の男だったと聞いています。隼は持っていた木刀一本で応戦した、と」 凶刃を持つ男達と、僅か六つばかりの少年一人。 普通ならば命を落としていてもおかしくなかっただろう。 「…その時既に、彼の才能は目覚めていたという訳ですね」 一度見た、隼の剣技を思い出しながら、縷紅は言った。 自分だってそれなりの使い手だと自負しているが、自分と同じくらい、或いはそれ以上だと見ている。 司祭は複雑な顔で頷き、語り続けた。 「幸か不幸か、大怪我だけで済みました。犯人を殆ど自らの手で打ち倒して。…しかしそれで、完全にこの院に居場所を失ってしまったのですよ」 一部始終を見ていた他の子供達には、隼は最早異端の者としか映らなかった。 それどころか、またもこんな襲撃を呼び起こすのではないかと思われ、それは司祭にも否定出来なかった。 虐めは更に露骨になり、怪我の治療もままならず―― 「数日経ったある日、私が一日仕事に出て帰った時でした。冷たい雨の中、隼が一人、玄関の脇にうずくまっていたのです」 当然まだ傷は塞がっていない。 それなのに一日中そこに居たのだろう。体温は殆ど残っていなかった。 何故なのかは、すぐ判った。 他の子供達が追い出したのだ。またあんな事件になるなら、自分達の関係の無い所で起こして欲しい、と。 冷えた身体を抱きかかえ、暖炉で暖まった屋内に入る。 二人を見上げる子供達の目。悪い事かも知れないが、当然の事をしたと言いたげだ。 司祭は怒ろうとして。 何も言えなかった。隼の細い声が耳元で聞こえたからだ。 “俺が勝手に出てただけだ” そんな筈は無いのに。 司祭はその瞬間決めた。隼を城に置いて貰う事を。 翌日には怪我の治療を目的として城に送っていた。その後は皇后の計らいで、黒鷹の側近となっていた。 「確かな事は言えませんが…あの事件以来、隼は根の事を言う様になったと記憶しています。犯人から何か言われたのでしょう」 司祭は縷紅に向けて言った。 「それまでは私達も、勿論隼自身も、根の事など思いも寄らなかったのです」 言われて縷紅ははっとした。 司祭は自分の疑念に気付いている。 もう、ここまで言われては、取り繕う気など起こらなかった。 「よく…分かりました…」 やっとそれだけ言うのが精一杯だったが、司祭は微笑して頷いた。 “黒鷹が居なければ俺は何も出来ない”。先程の言葉の意味が、少しだけ解った。 黒鷹が居なければ、隼は、己があれだけの刀を振るう理由を見出だせないのだろう。復讐以外に。 自分を虐めた子達を庇う程の優しさがあるが故に。 「あーあ、雨強くなってるよ。早く来ればいいのに」 言いながら、黒鷹は暖炉の元へ帰る。 「天の奴らに見付かってたりして」 鶸も、黒鷹に続いて暖を取る。 「だぁいじょぉうぶだろぉ?」 暢気に答えたが、果たして本当にそうだろうかと考えた。 その矢先だった。 「――天の兵が!!」 司祭が叫んだ。 慌てて窓の方を見る。 確かに天の人間が、集団で近寄ってくる。 「こちらへ!」 司祭が奥の部屋へ、三人を導く。 寝台しかない寝室だ。 彼は、一見何も無い部屋の奥へ突き進み、壁の一部を押した。 カチン、と奥で音がした。 そして、横に引くと、空間が現れた。 息を呑む黒鷹達に、司祭は言った。 「中へ――!」 入ってみると、横に階段がある。どうやら地下があるらしい。 階段を降りていると、光が消えた。 司祭が扉を閉めたのだ。 だがそれは目が慣れると、先がぼんやりと見える闇だ。 四人は声をひそめて地下で待った。 やがて、玄関の扉が開き、五、六人が駆け入る足音がした。 このまま何事も無く、敵は去るかと思われた。 ――だが。 急に足音が慌ただしくなった。 叫び声、刃を交える音。 何事かと、闇の中お互いに無言で問う。 一人、二人と、人が倒れる音が響く。 「――まさか」 思わず沈黙を破ったのは、縷紅だった。 「隼が!?」 その後、何を問うでもなく、武器を携えて三人は立った。 [*前へ][次へ#] [戻る] |