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RAPTORS

 布の向こうで、誰かがくつくつと笑う声がした。
 二人は見合わせ、武器を身に寄せる。
 笑う声は言った。
「鶸、アンタ本当に仇を取りなさいよ?」
「――この声」
 “茘枝?”と、心の中で続ける。
 それとも、彼女の声を真似た別人だろうか。
 天に居場所が割れている為、油断ならない。
 麻布が持ち上がった。
 二人は身を固くする。
 現れたのは、紛れも無く茘枝本人だ。
 やはり笑っている。
 こんな時に。
 鶸は思った。茘枝が壊れちまった、と。
「やったのは根の光爛という女よ。王を倒して根を統治し、総帥を名乗っている」
 彼女は笑みを浮かべたまま言う。
「二人を騙して丸腰にさせた上で集中リンチよ。酷い事この上ないわね」
「…畜生…。俺が行っていれば…」
 鶸の肩が震えている。
「あんなイイ奴を…。口は悪いけど俺のツッコミをしてくれる優しい奴だったのに、そんな酷い殺し方するなんて…」
「骨折だけどね」
「へ?」
 その、何とも間の抜けた表情。
 茘枝は笑いを我慢する限界にあった。
「…今、何て言った…?」
「骨折」
「わんもあぷりーず?」
「こっせつ」
「コッセツ。…骨折ぅ!?」
 大仰に驚き、
「骨折で人って死ぬのかぁ!?」
 笑いは一気に引いた。
「…場所によるけど、今回は足の骨ですから、命に別状はありません」
 言い聞かせる様に説明する。
「それってつまり、命に別状が無いって事は命とは関係無いって事で、関係が無いって事は生きてる死んでると関係が無いって事で、じゃあアイツは出てった日には死んでなかったから、死んでないって事で、それってアイツはまだ生きてるって事か?」
「…回りくどいけどそういう事」
「って事は何だ?あの口の悪さは健在で、あの困った癖までまだ残ってんのか?」
「…残念ながら」
「まーじーかーよっ!!また命懸けの攻防しなくちゃいけねぇじゃん!」
「…アンタさ」
 いい加減、こめかみを押さえながら。
「黒鷹に生きてて欲しかったの?」
 キョトンと、鶸は茘枝を見る。
「何言ってんだよ、当たり前じゃん」
「本当に?」
「だって俺、あんな守護霊嫌だ」
「……」
 果たして黒鷹が、死んでまで鶸を守護するか、それ以前にこの子はどこまでが本気なんだ、と茘枝は悩む。
「ぜってぇ何かある度にビンタしてくるぜ。あ、あと朝は調子悪いな。早起きすると呪われそうだ。一日中ツッコミが入るのも疲れるし。ダメ出しもするよな、“そのボケは受けない、甘い”とか何とか…」
 そしてふと黙り、
「それって守護霊じゃないよな。背後霊だな」
 それなら有り得るかも、と不覚にも思ってしまった茘枝。
「そう言えば、まだ生きてるから、そんな心配要らねぇじゃん!良かったぁ」
 茘枝にとっては、そこに気付いた事が“良かったぁ”である。
「それで、今二人は何処へ?」
 鶸の思考が一件落着した事を見計らって、縷紅がようやく肝心な事を訊く。
「信用出来る家で、養生する様に言ってきた」
「それは、どこの国の?」
「地よ。流石に他には置けないでしょ」
 縷紅は眉をひそめる。
「地?この国にまだ信用出来る場所が?」
「…これ以上は極秘事項よ」
「口外はしません」
「俺も」
「地の北方にある島、北帰島(ほっきとう)の州侯に仕えていた、華南という人の家」
 縷紅はその島の存在に、軽く眉を上げた。
 そしてそれ以上に驚き、目を見開いている鶸が居た。
「――華南」
 思い出す様に名を呟く。
 あの懐かしい、楽しく平和だった頃の。
「羅沙にも会って来たわ。二人共元気そうだった」
「羅沙…。まだ二人は俺の事覚えてた?」
「もちろん。忘れる訳無いでしょ?」
「忘れてもいいのに…」
 意外な言葉が返り、茘枝は驚く。
「鶸?」
「どうせ、ダメダメな州侯一家だったんだ。揚句に見放して忘れ果ててしまって。……だから忘れられてもいい。忘れて欲しい」
 父の腹にある事など、何も気付けなかった。
 そして。
「俺も、忘れたい…」
 声にならなかった。
 帰って来ない日々。
 切ないくらいに。
 黒鷹や隼に出会えた事には感謝している。現在の状況がどうこうという訳じゃない。
 ただ、もう一度だけ――
 島の人々は、恨んでいるのだろう。




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あきゅろす。
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