RAPTORS 9 布の向こうで、誰かがくつくつと笑う声がした。 二人は見合わせ、武器を身に寄せる。 笑う声は言った。 「鶸、アンタ本当に仇を取りなさいよ?」 「――この声」 “茘枝?”と、心の中で続ける。 それとも、彼女の声を真似た別人だろうか。 天に居場所が割れている為、油断ならない。 麻布が持ち上がった。 二人は身を固くする。 現れたのは、紛れも無く茘枝本人だ。 やはり笑っている。 こんな時に。 鶸は思った。茘枝が壊れちまった、と。 「やったのは根の光爛という女よ。王を倒して根を統治し、総帥を名乗っている」 彼女は笑みを浮かべたまま言う。 「二人を騙して丸腰にさせた上で集中リンチよ。酷い事この上ないわね」 「…畜生…。俺が行っていれば…」 鶸の肩が震えている。 「あんなイイ奴を…。口は悪いけど俺のツッコミをしてくれる優しい奴だったのに、そんな酷い殺し方するなんて…」 「骨折だけどね」 「へ?」 その、何とも間の抜けた表情。 茘枝は笑いを我慢する限界にあった。 「…今、何て言った…?」 「骨折」 「わんもあぷりーず?」 「こっせつ」 「コッセツ。…骨折ぅ!?」 大仰に驚き、 「骨折で人って死ぬのかぁ!?」 笑いは一気に引いた。 「…場所によるけど、今回は足の骨ですから、命に別状はありません」 言い聞かせる様に説明する。 「それってつまり、命に別状が無いって事は命とは関係無いって事で、関係が無いって事は生きてる死んでると関係が無いって事で、じゃあアイツは出てった日には死んでなかったから、死んでないって事で、それってアイツはまだ生きてるって事か?」 「…回りくどいけどそういう事」 「って事は何だ?あの口の悪さは健在で、あの困った癖までまだ残ってんのか?」 「…残念ながら」 「まーじーかーよっ!!また命懸けの攻防しなくちゃいけねぇじゃん!」 「…アンタさ」 いい加減、こめかみを押さえながら。 「黒鷹に生きてて欲しかったの?」 キョトンと、鶸は茘枝を見る。 「何言ってんだよ、当たり前じゃん」 「本当に?」 「だって俺、あんな守護霊嫌だ」 「……」 果たして黒鷹が、死んでまで鶸を守護するか、それ以前にこの子はどこまでが本気なんだ、と茘枝は悩む。 「ぜってぇ何かある度にビンタしてくるぜ。あ、あと朝は調子悪いな。早起きすると呪われそうだ。一日中ツッコミが入るのも疲れるし。ダメ出しもするよな、“そのボケは受けない、甘い”とか何とか…」 そしてふと黙り、 「それって守護霊じゃないよな。背後霊だな」 それなら有り得るかも、と不覚にも思ってしまった茘枝。 「そう言えば、まだ生きてるから、そんな心配要らねぇじゃん!良かったぁ」 茘枝にとっては、そこに気付いた事が“良かったぁ”である。 「それで、今二人は何処へ?」 鶸の思考が一件落着した事を見計らって、縷紅がようやく肝心な事を訊く。 「信用出来る家で、養生する様に言ってきた」 「それは、どこの国の?」 「地よ。流石に他には置けないでしょ」 縷紅は眉をひそめる。 「地?この国にまだ信用出来る場所が?」 「…これ以上は極秘事項よ」 「口外はしません」 「俺も」 「地の北方にある島、北帰島(ほっきとう)の州侯に仕えていた、華南という人の家」 縷紅はその島の存在に、軽く眉を上げた。 そしてそれ以上に驚き、目を見開いている鶸が居た。 「――華南」 思い出す様に名を呟く。 あの懐かしい、楽しく平和だった頃の。 「羅沙にも会って来たわ。二人共元気そうだった」 「羅沙…。まだ二人は俺の事覚えてた?」 「もちろん。忘れる訳無いでしょ?」 「忘れてもいいのに…」 意外な言葉が返り、茘枝は驚く。 「鶸?」 「どうせ、ダメダメな州侯一家だったんだ。揚句に見放して忘れ果ててしまって。……だから忘れられてもいい。忘れて欲しい」 父の腹にある事など、何も気付けなかった。 そして。 「俺も、忘れたい…」 声にならなかった。 帰って来ない日々。 切ないくらいに。 黒鷹や隼に出会えた事には感謝している。現在の状況がどうこうという訳じゃない。 ただ、もう一度だけ―― 島の人々は、恨んでいるのだろう。 [*前へ][次へ#] [戻る] |