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RAPTORS

 相変わらず馬車はゆっくりと動いていた。
「日が暮れてきたな」
 誰にともなく隼が言う。
 夕日は、黒々とした山の向こうに熔けようとしていた。
 東から闇が追う。
 少し前に、馬車は街に入っていた。それがどこのどういう街かは、黒鷹にも隼にも判らなかったが。
 その街は閑散とし、物音一つ無い。
 馬車の音だけが、カツカツ、ゴトゴトと響く。
 それでも暗くなれば、いくつかの家に灯が燈った。
「あー…腹へったぁ…」
 黒鷹が呻く。
 今日一日、食事らしい食事が無かった。
 途中の森で茘枝が見つけた木の実と、非常食の干し飯、そして沢の水しか口に入らなかった。
 いくら動かないとは言え、空腹も無理は無い。
「もうちょっと待ってね。確か、この辺だから」
 茘枝は何気なく言う。
「え?」
 彼女の言葉を聞いて、黒鷹の表情が嬉色に満ちた。
「今日、どっか泊まれるの!?」
「あれ?野宿するつもりだったの?」
「却下。…でも、何処に泊まるつもりなんだ?この街で宿なんか一度も見なかった」
 隼が言う。
「ん、まぁ知り合いが居てね…ああ、止めて阿鹿」
 後ろの二人の疑問を余所に、馬車は止まった。
 見れば、少し大きいが普通の家。
「…ここ?」
「そうよ。ちょっと待ってて」
 茘枝は馬車を降り、家の扉を叩く。
 程なく、扉が開いた。どんな人物が開けたのか、黒鷹達には見えなかった。
 その人物と何か言葉を交わし、彼女は馬車に向かって手招きをする。
 後ろに座っていた二人は、一度顔を見合わせ、素直にそれに従った。
 隼の肩に黒鷹が右腕を回し立ち上がる。
 それでも黒鷹は痛そうに顔をしかめた。
「…大丈夫か」
 馬車を降りただけで顔色の悪い黒鷹。
 それを気遣った隼に、黒鷹は頷いただけだった。
 玄関脇の椅子に黒鷹を座らせ、改めて隼は茘枝と話していた人物を見る。
 優しそうな、中年の女性だった。
 誰だ?という目を茘枝に向けると。
「ああ、紹介するわ。鶸のお母様よ」
 …呆気にとられた妙な間が空く。
 そして黒鷹がぽつりと。
「…また?」
 隼参照の事。
 ダシにされている女性は、困った様な笑いを浮かべている。
「茘枝様、ご冗談はそのくらいにして頂けませんか…」
「ああ、ゴメン。こちらは華南(かなん)。本当は鶸の親代わりをしていた人よ」
「あのう…」
 更に困った様に彼女は声を出す。
 “親代わりなど恐れ多い”と言いたげだ。
 正確には、鶸の身辺の世話をしていた人だ。
「――それで、こっちは王子の黒鷹。黒ちゃんって呼んであげてね」
「おーい、テメェじゃねぇんだから。初対面でそんなの呼べるかっつーの」
「…で、このうるさい色付け前の人形は隼。王子の側近よ。いちおう」
 最後の四文字の強調に、隼は言葉を失う。
 華南はやんわりとした笑みで二人に礼をした。
「お目にかかれて光栄です」
「いやぁ…そんな大層な人間じゃねぇよ…」
「いえいえ、王子は雲の上の方ですから」
「でも鶸は…」
「ええ、鶸様もそうでした。まさか私の様な者がお世話出来るとは…。…こんな所でお話するのも何ですから、どうぞ中へ。お食事が出来ていますよ。――羅沙(らさ)!」
 彼女は奥に向かって誰かを呼んだ。
 現れたのは、長身の青年だった。
「息子の羅沙です」
 軽く礼をする彼に、二人も同じ様な礼を返す。
「無礼かとは存じますが、どうぞお許し下さい」
 様子を見ていた母は、息子を諌める様に言う。
「さ、黒鷹様を中へ」
「…へ?」
 華南の言う意味が理解出来ず、キョトンとする黒鷹。
 それに構わず、羅沙は黒鷹の前にしゃがむ。
 …それを理解するのにも彼はしばらくかかった。
「乗らねぇんスか?」
 肩越しに振り返って彼が訊く。
「…負ぶわれんの?俺」
「だって、折れてんでしょう?足」
 そこまで言われて、渋々彼に覆いかぶさる。
 ひょいと彼は立ち、歩き始めた。
「重くねぇ?」
「全然。…軽すぎて心配だな。ちゃんと食べてんスか?」
「いやー…今日は特に酷くて」
「王子なのに」
「王子も今は大変なんだって」
 「ふうん」と、彼はさして興味も無さそうに言った。
 そんな事を言っているうちに、廊下の突き当たりに着いた。
 華やかな扉があり、羅沙がそれを開ける。
 中は、一連の家具が揃った部屋。
「ここがアンタの部屋」
 素っ気なく言って、黒鷹を寝台に降ろした。
 机を寝台に引き寄せ、部屋を去ろうとする。
「置いて行くのか?」
「寂しいのか?」
「…別に」
 少しムッとして黒鷹が応じる。
 呆れた様な視線を隠しもせず、羅沙が言った。
「食事取って来ます」



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