RAPTORS
3
その夜。
待ちに待った面会の時間が訪れた。
黒鷹はうたた寝を、隼は武器の手入れをしている時だった。
コンコンと、扉が二度鳴る。
黒鷹は、はっとして隼を見た。
隼は扉を開いている。
「――はい?」
そこに居たのは、侍女と見える女だった。
「総帥がお呼びです。ご案内申し上げます」
隼は黒鷹を振り返る。
二人の目が合う。
――いよいよだ。
二人が先に案内されたのは、兵士が数人立つ小部屋だった。
「武器を、お預かりします」
「え?」
「身につけていらっしゃる武器を、全てお出し下さい」
事務的に、しかし断固として言われ、二人共渋々武器を出し始めた。
刀に数本の短刀。小型の飛道具…
一体何処に身につけていたんだと言わんばかりの武器を出して。
「これで満足?」
先を急ごうとする二人。だが侍女は動こうとしない。
「…まだ、何かあるのか?」
面倒気に黒鷹は訊く。
「では、少々失礼をば――」
「?」
侍女は数歩下がった。そして。
「――っ!?」
今まで脇で見ていた兵士の一人が、突然黒鷹に剣を下ろしてきたのだ。
考える暇は無かった。
がつん、と。
剣は黒鷹の持つ短剣に受け止められ、兵士の動きは隼の鋼糸に封じられている。
――試された。
気付いたのはそれからだった。
「お預かりしましょう」
冷たく、侍女は言い放った。
そんな訳で、いざ総帥に会おうという時、二人のテンションは奈落の底にあった。
謁見の間の、重厚できらびやかな扉の前に立っても、感動も何も無い。
“さっさと同盟結んで地に帰りてぇ”そんなところだ。
大きな扉が音をたてて開いた。
豪華な部屋。脇に兵士がずらりと並び、それぞれ剣を手にしている。
そして、その奥に。
「――総帥」
黒鷹は口元で呟いた。
――女…?
広々とした部屋の、一番奥にある玉座に座っていたのは、鎧を身を付けた、紛れも無い女だった。
「隼」
小声で隣の友を呼ぶ。
「何だ?」
こちらも、小声で応える。
「女だって、教えておいてくれよ」
「そんな必要あるか?」
「出端をくじかれた」
そうおどける主を、隼は見下ろす。だがすぐに向き直った。
「甘く見ない方がいい」
「――?」
その硬い声音から、心底から彼がそう考えているのは判る。
黒鷹とてその警告に逆らう気は無い。
――でも…
隼にここまで言わせる人物とは。
一国を統べる為に立ち上がったのだ、その位の覇気はあると言う事か。
――隼がこんなカオするなんて…。
横目に見ながら、そう思う。
緊張の中に、僅かに恐れ――否、怯えが入り混じっている。
覇気だけではない。
数日前――彼らの間に、一体どんな言葉が交わされたのだろう。
それを考えようとした時、正面から声がかかった。
「その方は地の王を継ぐ者と聞いた。名は何と言う?」
高貴な、落ち着きのある低い声。
慌てて黒鷹は正面を向いた。
「黒鷹といいます」
彼女は頷いて言った。
「他国に長い挨拶をする習慣など、この国には無い。早速、本題に入ろう。先日、我国に願いがあって来たと従者より聞いた」
相手のペースに戸惑いつつも、黒鷹は言った。
「私の国と同盟を結んで頂きたい」
黒鷹は返答を期待して、総帥を見つめた。
だが。
返ってきたのは、人を馬鹿にする高笑い。
「その方――黒鷹と言ったな。子供故に言葉を知らぬか」
「え…?」
怒りも忘れ、虚が彼を包む。
「その方が願うべきは、亡命ではないのか?」
「…どういう事です?」
「今、“私の国”と言ったな」
「はい」
「かつてあった地の国は、今は無い。いくら根が外交を持たぬとは言え、そのくらいは知っておるわ」
国が、無い…?
黒鷹は、しばらく呆然と考えて、ようやく思い出した。
地は滅びた。
天に占領された。
地に領域は無く、民も僅か。
残ったのは自分…王位を継ぐ者だけ。
それでは国と言わない。自分に国は無い。
「まあ、子供だからな。甘く見てやろうではないか。もう一度言ってみろ」
黒鷹は口を開いた。が、言葉が出ない。
亡命では話が違う。だが他に何と言えばいい?
「王子の代弁を許して頂いても?」
「良い。言え」
見兼ねたのだろう。隼が一礼して言った。
「我等が求めているのは亡命ではありません。そうするにはあまりに多くの民が残されているのです」
「ほう」
「その民を我らは救わねばなりません。その方法は一つ。根の軍事力を持って、我々と共に天を倒して頂きたい。それが願いです。どの道、天は次に根を攻める算段をしているでしょう。ここは根の民の為にも、先手を打つべきかと」
総帥は口許を歪めた。
「笑わせる」
低く、呟いた。
何故、と二人は目で問う。
「天を倒し、国を再建するのだろう?」
「はい」
「では、私の計画を教えてやろう」
彼女は玉座から立った。
「私がこの場所で王を亡くした。それはこの椅子が欲しかったからではない。この窮屈な国を外に出したくてな」
「外――?」
「地を、我等の国土に」
動揺を隠せない黒鷹と、その横で「やはり」と呟いた隼。
それを見て、総帥――光爛はゆっくりと近寄る。
「根はこんな所にある、当然貧しい国だ。だから地が欲しくてな。ゆくゆく戦を仕掛けようと思っていた。だが代わりに天が取ってくれて――」
一歩、また一歩、歩み寄る。
「戦の回数が減ったな」
二人は動けない――視線に、声に、存在に、搦め捕られて。
「その方等が言葉を見出だせないなら、私から選択肢を出そう。選べ」
自分達の国を滅ぼす人物が、目と鼻の先に。
「今ここで私に殺されるか、民と共に天に殺されるか――どちらが良い?」
「それだけ…?」
「選べ。ここで無駄に命を落とすか、戦において我軍の盾となるかだ」
絶望の選択。
黒鷹は悔いても仕方ないと知りつつ、後悔を噛み締めている。
民を巻き添えにしたくはない。だが自分がやろうとしている事も同じではないのか?
あの人数ではどちらにしろ、全員が盾となるだろう。
元々、戦など考えるべきではなかった――
では、ここで全てを終わらせるか。
そうするべきかも知れない。
「民は、殺せません」
ぽつりと、黒鷹は光爛に言った。
「では、その方等が殺されるか」
「いえ――俺一人で充分です」
痛い様な隼の視線を感じたが、それに応える事は無かった。
「隼は、帰って、俺の同胞を守ってくれなきゃいけないから」
意味ありげに、にっと笑って見せる。
だが。
一方的に決め付けられた方は、ブチ切れた。
それも無言で。
黒鷹を殴り飛ばしていた。
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