RAPTORS
10
翌朝、光爛は民に向けて地と根の統一を語った。
城下に集まった民の数に、光爛に並んで立った黒鷹も息を呑んだ。
「我らが根は、長年の宿願を今ついに果たす」
人々の数を感じさせない程、場がしんと静まり返る。
「太古の昔、戦にて別れた地の民と、再び手を結び、同じ場所に住まうのだ。これでもう地中に逃れる暮らしをせずとも良い。日の光を浴びた食物を育て、我が子に食べさせてやれる暮らしが出来る。皆、これに賛同してくれるな?」
喝采が起こった。
もっと両国の憎しみ故に反対されるかと黒鷹は考えていたが、これが光爛の力なのだと思い知った。
根の民は、彼女についてゆく。
それは、彼女の描く根の国の理想が、民と合致しているからだ。
いつの日か、皆で地上に暮らす事。
「黒鷹、私の民に挨拶を」
光欄がにこりと笑い、前に出るように促す。
今、黒鷹が立つ場所の高さに目が眩みそうだ。それとも人の多さ故だろうか。
欄干をしっかり握って、声を振り絞った。
「皆さんを地に歓迎するよ!でもちゃんと住んで貰うのは天との戦が終わってからだけど…。でもその時には皆楽しく住めるようにしておくから!待っててくれな!」
後ろで光欄が愉快そうに笑った。
眼下の民衆も笑っていた。
黒鷹はすくむ足で恐る恐る奥に引っ込む。
「では皆でその日を待とう。待ちながら戦に勝たねばな。我らが願いの為に、勝利を!」
民は光欄の言葉を繰り返し叫んだ。
その様に満足したように、彼女は踵を返す。
扉を潜ると、隼が窓越しに外の様子を見ていた。
「もう起きて良いのか?」
光欄が問う。
頭をガラス窓に寄りかけ、隼の様子は気怠い。
「外に出れないからここから見てたんだよ。な?」
続いて入ってきた黒鷹が隼に代わって説明する。
「済まぬ、お前の事はまだ言えなかった。だがおいおい民にも明かしていくつもりだ。私の後継だと…」
「あんたが選んだのは、彼らだったんだな」
光欄の言葉を遮って、隼がやっと口を開いた。
「…怒っているのか」
「俺達を殺そうとした点ではな」
隼の視線は変わらず窓の外。
光欄は小さく溜息を吐いて黒鷹に向き直った。
「先に行っていてくれるか?」
黒鷹は小さく頷いて、笑いながら隼に言った。
「たまには素直に喋れよ!せっかく母上と二人きりなんだから」
舌打ちが返ってきたが、黒鷹は心底可笑しそうに笑いながら去っていった。
「…さて、一つ言い訳を聞いてくれるか?」
隼の視線がちらと動いたが、また元に戻る。
「私は殺す気など無かった。ただ…お前を密かにもう一度手元に置きたかった。誰にも怪しまれず、私一人のみ知るところとして。だから表明上お前は死んだように見せようと…。手荒い事をして済まなかった」
だから謁見したあの時、刃物を使わなかった。
気絶させ、密かにどこかに運び込むつもりだったのだ。
「黒鷹は?」
まだ外を睨みながら、隼は鋭く問うた。
「殺す気だったんだろ?」
光欄はうなだれる。
「…済まぬ」
隼はやっと正面から母親を見た。
しかしその目は変わらず鋭く睨みつけたまま。
「俺を殺そうが監禁しようが貴様の勝手だが…黒鷹を殺そうとした事は、許さねぇ。絶対に」
光欄の目が意外を物語った。
息子がそこまで言い切る理由が、分からない。
「俺は地の民だ。黒鷹の臣だ。それ以外のものには、ならない」
「だが…!」
言い返そうとした光欄の口を、睨みつけて封じた。
「やっぱりあんたの事は親とは思えない。後継なんざ死んでも嫌だ。…だけど」
再び、窓の外に視線を転じて。
「国を背負う人間として、あんたのやってきた事は…評価する。子供を捨てただけの価値はあるな、これは」
ふっと向けられた悪戯っぽい微笑。
「手を組む以上は、今までの事は水に流してやるよ」
「崔ら…」
呼ぼうとした名前は、手で制された。
「その名前はやめろ。俺は隼だ」
光欄は、多少の諦めを笑みに混じらせて。
「隼、よろしく頼む」
ああ、と隼は小さく応じた。
「仲直りした?」
部屋に戻ると早速まとわりつく鳥一羽。
うぜぇ、を顔いっぱいに浮かべながら隼は寝台に飛び込んだ。
まだ身体は怠さが残る。
「しょーがねぇからしてやったよ。お前の為に」
「俺の為でどうすんだよぉ!?お前の為だろ!?」
「お前が煩く言うから仕方なく、だ!!でなきゃ一生するか、んな事!!」
「だから素直になれってー。もー!」
ふと黙り込む。
黒鷹は何事かと、隼を覗き込んだ。
「…じゃ、一つだけ言ってやるよ」
「何」
真っ直ぐ見上げられて、やたら心臓が音を発てる。
「前言撤回する。俺はお前の臣を続ける。いいな?」
「……あ、ああ…あれね…」
一瞬何の事か分からず、気の抜けた返事。
どうもそれが隼のカンに障ったらしい。
「せっかく真面目に言ってやったのに、何だよその反応は!!」
「だって、そんな今更な事言われても、急に分っかんねぇよ!!」
「あーこれだから馬鹿との会話は疲れる」
「こんだけで馬鹿ってあんまりだろ!?忘れるよフツー!!お前が寝てる間に俺どれだけ頑張ったと思ってんだよ!?」
「エラソーに言えた事かガキが!」
「うわあぁぁん隼の馬鹿ぁー!!」
泣き真似で顔を覆った手から、ちらりと笑う目が覗く。
隼も同じように片頬で笑っていた。
「馬鹿みてぇ」
「お前のせいだ」
「で、どうなんだ?」
「何が?」
「俺の任は解いたままか?それは非常に困るんだがな」
光欄の後継を断った口実が嘘になる。
尤も、口実など無くとも全力で願い下げだが。
黒鷹はもったいつけて、うーんと悩む振りをし、隼の拳が飛ぶ前にニヤっと笑った。
「俺がお前の側近の任、解く訳無いじゃん」
「……」
つまり城跡でのあの会話は、無かった事になった。
絶句して隼は黒鷹を見上げていたが、小さく舌打ちして寝返りを打った。
「阿呆らし」
「お前が側に居たいなら、ずっと居ればいいんだよ?」
「誰が居てやるか」
「素直じゃねぇなぁ。…あ、俺も一言言っていい?」
隼が頭ごと振り返る。
その期を逃さず、黒鷹は言った。
「お前が生きてて良かった」
隼は何も返さずまた寝返りを打って顔を向こうにやった。
構わず黒鷹は続けた。
「本当は俺、怖かった。お前がどっか行っちゃいそうで。…でも良かった。戻って来てくれて」
何も反応は無い。
もしやと思い覗き込むと、隻眼は閉じられていた。
「…タヌキ寝入りかよっ!!」
せっかく俺良い事言ってんのに…とぶつぶつ言いながら寝台に腰を下ろす。
どうせ照れ隠しのタヌキ寝入りだ。
聞いているなら良いか、と考え直した。
「側近とかじゃなくても、側に居てくれよ?」
数ヶ月前、ここで約束した。
俺の死に目にいろ、と。
「俺達どっちかが死ぬまで、親友だからな…」
出来れば後には残りたくないなぁ、と。
遠い筈の未来を考えて、少し笑った。
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