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RAPTORS


 遠く。
 隼の背中が見えた。
 天の兵に両脇を固められて、引き連れられて行く背中が。
 追い掛けても、追い付かない。
 ただ、声だけが届いた。
 “お前は生きろ”と。
 嫌だと声の限りに叫び返したかった。
 しかし声にならぬまま。
 斬首台。
 歓喜する人々。
 俯く隼の白い髪が地面に垂れる。
 その上に、銀色の鈍い光を放つ、刃。
 やめて、待って。叫んでも人々の歓声に掻き消される。
 そこに居るべきなのはアイツじゃない、俺だ――誰にも、届かない。
 隼が、すっと面を上げて。
 春の日差しの様な、柔らかな微笑を浮かべて。
 黒鷹だけを見て、じゃあな、と。
 声は聞こえなかった。でも確かにそう言った。
 次の瞬間、頭上の刃が落ちてきて――
「やだああぁぁぁ!!!」
 叫んで、身を起こす。
 有りったけ吐いた息を吸って、気付く。
 自分が寝台の上に居て、ここは天幕の中だと。
 だが、どう見ても見慣れた地の天幕ではない。
「…そっか」
 気を失う前の事を思い出して、漸く自分の状況が薄々解ってきた。
 敵に囚われたのだ、と。
 だが、そうなら。
 恐怖に近い不安が胸を渦巻く。
 先刻のあれは――現実?
「隼…!!」
 黒鷹は寝台を飛び出し、誰も居ない天幕を出た。
 出口に居た見張りらしき人物に飛び付く。
「隼はっ…!?どこだ!?どこに居る!?」
 黒鷹の剣幕に驚いた兵は、隣の天幕を指差した。
 考える暇も無く、黒鷹は天幕に飛び込んだ。
「隼!!」
 鶸が驚いた顔でこちらを見ている。
 今度は鶸に飛び掛かった。
「隼は!?」
「こっちだ、馬鹿」
 鶸が答えるより先に、背後で声がした。
 振り向くと、寝台の上に夢と同じ顔がある。
 尤も、笑ってなど居ないがその代わり。
「く、首…くっついてるぅぅ!!!」
「当たり前だ阿呆!!」
 大仰に感激する黒鷹に当然の罵倒。
 ただ、大声を出した代償に咳込む事になる隼。
「わ、ごめん…!!」
 慌てて黒鷹が駆け寄る。
 苦しい息をしながら間抜けな顔を一睨みし、隼は体勢を仰向けに直した。
 その肩に、重みがかかる。
 黒鷹が額を押し当てている。
「…何だよ」
「死んじゃったかと思った」
「勝手に殺すな」
「だよな。…変な夢見てたんだ」
「お前の夢の事なんか知るか」
 だって、と黒鷹は言葉を詰まらせる。
「…隼が、あんな事言うから」
 何の事かは何となく察しがついた。
 軽く溜息を吐いて、気怠く腕を持ち上げる。
 黒鷹は、頭を覆ったものが隼の手だと気付き、漸くあれは夢だったんだと実感した。
 嘘の様に不安が霧散する。
 安心した上に、心地好くなって、更に懐に入ろうと頭を動かすと。
 軽快な音を発てて頭を叩かれた。
 しかも頭を置いた場所は骨張っていて、二重に痛い思いをした黒鷹。
「重いんだよ黒ブタ!!」
 ついでに罵倒もついてくる。
「お前は骨出過ぎなんだよ…。いてぇ…」
 調度、額に鎖骨かどこかが刺さったようだ。額を押さえて呻く。
「ガリとデブ?」
 そしてまた鶸が要らん事を言い。
「…ぃでっ!!」
 黒鷹に渾身の力で殴られる事になる。
 先刻までの甘い空気もどこへやら。
「ったく…。ただなクロ、言っておくがその夢、もうすぐ正夢になるかも知れねぇぞ」
「…え」
 隼の言葉に鶸の首を締める体勢のまま凍った。
 …鶸はたまったものではない。
「ちょ…おま、ぐるじぃっ…!!」
 ばしばしと黒鷹の腕を叩き、漸く解放して貰えた。
 自業自得ではあるが。
 一方、黒鷹はそれどころではない。
「お前が…処刑されるって…事か…!?なんで」
「まだ寝呆けてんのか。この状況、解ってんのか?」
「呆けてねぇよ!!…天に捕まったんだろ?俺達」
 自分で言った言葉にはっとする。
「…処刑されるのか、俺達」
 隼は黙ったまま天井を睨んでいる。
 否定の声をあげたのは、鶸だった。
「んな事ねぇよ!縷紅がお前ら助ける為にここへ連れて来たんだぜ?どうして助けたのに処刑するんだよ」
「…そうなの?」
 素直に信じかけたところへ。
「どうして処刑しないって言い切れんだよ?大体、あのヤロウ信じる方がどうかしてる。アイツは敵だろうが。それも天の王の右腕だ。助けなんかしない。お前を騙して連れて来ただけだ」
「…そう…だよなー」
 感化され易い黒鷹。
「何だよその緊張感の無い相槌は」
 間延びした「なー」を隼に突っ込まれる。
「なんか考えるの疲れた。どっちでも良いや」
「良かねぇだろ」
 二人にビシリと言われるが、黒鷹は隼の枕元に顎を置いてヤル気の無い体勢。
「だぁって、いくら考えても決めるの俺達じゃないしぃ。なるよーにしかならないしぃ。処刑されてもしょーがないしぃ」
「いちいち間延びするな!…処刑されても仕方ないだと?」
 叱ってから、肝心な言葉に気付く。
「違う、俺“しょーがない”って言った」
「どっちでも同じだボケ!!大体、仕方ないで済む話じゃねぇだろ!!お前達の処刑は絶対にさせない。俺が罪被るからお前は…」
「だからそれが出来ない話なんだよ」
「…あ?」
「お前一人犠牲にするくらいなら、俺も処刑された方がマシなんだ。…後で死ぬ程辛い思いするよりは、お前と同じ場所、同じ時間に死ぬ方が良い。身勝手でも無責任でも、俺はそうする。それだけの自由は有るだろ」
「……」
「お前が怒っても、俺を見限っても、無駄だからな?もう決めちまった」
 言い切ってから黒鷹は、布団の上に頭を倒し、もぞもぞと心地好い態勢を探る。
 片腕を腕枕にし、手の甲の上に頬を乗せる。下手をするとこのまま寝てしまいかねない。
 それを至近距離で見させられている隼は、言葉を継げないまま黒鷹の頭を凝視していた。
 尤も、頭を見ているのではなく、その中身で繰り広げられている事を見たいのだ。
 どこまで、その言葉が本気なのか。
 どうすれば撤回させられるのか。
 受け取りたいように受け取って良いのか、それが本意なのか――
「鶸、お前はどうする?」
 黒鷹が訊いた。
「どうするって――」
「俺達が処刑される事になったら。お前はどうなるか分からないけど…でも、逃げるなら今だ。警備も少ないし」
 鶸は不満で顔全体を塗り替えて、二人の元に行き、黒鷹の隣に座った。
「俺だけ仲間外れかよ。こんな時に」
「遊びじゃねぇんだぞ」
「解ってるよ。何回目だよその台詞」
 鶸は少し黙って、きっぱりと言った。
「逃げるなんて選択肢は俺には無いからな。お前らの天国までのランデブーを邪魔するようで悪いけど」
 その時、鈍い音と共に鶸の世界が揺れた。
 後頭部がじんじん痛い。
「いっ…てぇな隼!!何だよいきなり!!」
 要は調度良い場所にあった鶸の頭を、隼が思い切り膝蹴りしたのだ。
「あぁ、何かお前の頭がヘンだから治してやろうかと思って」
 しれっと隼。
「え、馬鹿なのは元から…」
「違う、悪い菌でも入り込んでんだろ」
「…おぉお前らなっ!!」
「そうか馬鹿は治らないもんね。でも、ま、俺はランデブーでもハネムーンでも良いぞ?」
「やめろ」
「…クロは殴らないんだ」
「殴ろうか?」
「ひ…鶸っ!!余計な事言うなよぉ!!」
 拳を作った隼が、堪え切れず吹き出す。
 黒鷹と鶸も笑いだした。
 三人で笑って、笑いまくって。
「…っとに、馬鹿だな俺達」
 隼が言った。
「こんな事してる場合かっての」
「ま、良いんじゃない?他にする事無いんだし」
「楽しけりゃ良いんだよ。今を楽しめー!!青春だぁーっ!!」
「お前が一番馬鹿」
 叫ぶ鶸の後ろ頭を黒鷹が笑いながらこずく。
 笑い声。笑顔。ぬくもり。
 ここに仲間が居るという事。
 場所なら何処でも良い。これが還るべき場所なのだ。
 何にも換え難い、永遠の居場所。
「俺達、死んだらどうなるんだろうな」
 口元に笑みを残したまま、黒鷹が問う。
「曝し首?いやーん恥ずかしいー」
「気持ち悪いんだよお前!死んだら恥ずかしいも何も無いだろ!!…そうじゃなくてさ、あの世とか有るのかな、って」
 再び鶸の頭を叩き、黒鷹は言った。
「あの世が有れば、ずっと俺達一緒に居られるだろ?」
 恥ずかしげも無く言ってのけて、隼を見る。
「…俺に振るのかよ」
「だってこの馬鹿頭に答え求められないじゃん」
「うわっ、ひっど!!」
 馬鹿頭は確かに酷い。事実だけに。
「あの世なんざ、無ぇよ」
 隼はそう言ってのけた。
「無いの?…だって、緑葉が待っててくれるんじゃねぇの?」
 黒鷹の言葉を遮って、隼は乱暴に言った。
「死んだら意識が無くなるだけだ。光も時間も無い。何にも無くなる…当たり前だろ」
「…退屈そう」
「だから時間も無いっつってるだろ。退屈なんて考える事も出来ねぇよ」
「…つまんない」
「だから…」
 言いかけて、これ以上の説明は諦めた。
 黒鷹は唇を尖らせて続けた。
「お前達の事も、忘れちまうのかな」
「だろうな」
 もう適当に相槌を打つ事にした隼。
「もう会えなくなるんだな」
「ああ」
「ずーっと、ずーっと、会えないんだな」
「……」
「本当にお別れなんだ…」
「…あのな」
 痺れを切らした隼。
「俺だって本当に死んだ事有る訳じゃねぇから、知らねぇよ本当はどうなるかなんて!!」
 黒鷹は、にぱっと笑った。
「あの世、あるかも?」
「かもな」
「緑葉が待ってるかも?」
「かもな」
「俺達、また会えるかも?」
「…かもな」
 『かも』がゲシュタルト崩壊寸前である。
「なら、良し」
「なんだそれ」
 隼が軽く笑ったところへ、横から食い気の塊が口を挟む。
「天国ってご馳走あるか?肉あるか?」
「知るか」
「有るよな!!」
「いや、知らないし」
「なら、良し」
「聞けや」
 黒鷹の口真似をしてもサマにならない。
「ほんっと…」
 寝台から呆れ声。
「お前ら馬鹿」
「あ、今度は自分棚上げしたな」
「そうだよ俺達仲間じゃん!!」
「馬鹿仲間は願い下げだ…ってか勝手にやってろ」
「まぁそんな事言わずにー」
 下から二人においでおいでと手招きされる。
 気持ち悪い事この上ない。
「ああーうぜぇっ!!お前らさっさと処刑されちまえ!!」
「何だよさっきは自分だけ処刑されれば良いっつってたのに!!」
「お前らなんかと仲良く死にたかねぇだけだよ!!」
「なんでー!?仲良く死のうよー!!」
 突如、外から笑い声。
 三人は一斉に視線を向け、口を『あ』の字にして固まる。
 視線を集めたのは、かつての仲間である縷紅と――
「…緇宗…だな?あんたは…」
 唯一、顔を知る黒鷹が問う。
 愉快そうに彼は頷いた。
「いかにも俺が緇宗だ。以後よろしくな、お笑いトリオ君たち」
「誰がお笑いだ」
 隼が顔を顰るが説得力がまるで無い。
「さて、俺は地の王とその取り巻きに話があるんだが?」
 いかにも、そいつらを出せと言わんばかりの口ぶり。
「居るだろ、ここに」
「どう見てもそこに居るのは『黒い子犬と愉快な仲間達』って感じなんだが」
 言われた子犬がきゃんきゃん吠える。
「犬でも無いし愉快でも無いし!!」
「ついでに仲間にもすんな」
 愉快な仲間も釘を刺すのを忘れない。
 しかし、裏切り者が。
「なんか芸名貰っちまったな!!やっ…痛っ」
 やったー、とは当然言わせて貰えない。
「お楽しみのところ大変恐縮ですが」
 縷紅がやんわりと口を挟む。
「我々はこの戦を終わらせねばなりません。それに当たって、停戦条約を結びたいと思うのですが、話し合いに応じて頂けますか?」
 三人とも、一気に顔を引き締める。
 黒鷹が立ち上がって、言った。
「勿論、応じない訳にはいかねぇだろ」
 鶸、そして隼に視線を移し。
 互いに頷いた。





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