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RAPTORS


「もう、いいの?」
 陣地の光が届かない所で茘枝は待っていた。
「ええ」
 簡単に答えながら、進める足は止めない。
「照れ隠しならしなくて良いのに」
「違いますって」
 縷紅は笑うが、感情の隅に微かな寂しさを見た。
 今から天に向かう。
 自分の半生のほぼ全てを過ごしてきた場所へ。
 過去の自分にけじめを付ける為に。
 大きな壁に当たる為に。
 正直、越えられるとは思ってない。
 それでも、壁は壊さなければならない。どんな手を使ってでも。
 皆の為に。
「もう戻れない、なんて考えないでよ?」
 知らず知らず、後ろを振り向いていた縷紅に茘枝が笑いながら言った。
 自分の視線にはっとして、慌てて前を見る。
「しかし、茘枝」
「私は何があっても貴方をここに帰す」
 縷紅の言葉を遮って、茘枝は宣言した。
 強い意思を持った言葉。
 縷紅は言葉の続きを接げず、夜空を仰いだ。
 素直に感謝せねばならないだろう。こんな自分について来てくれる事、ここまで想ってくれる事――。
 今まで多くの人を裏切ってきた。
 だから、信じてくれる人の有難さが身に沁みる。
「…でも、私が此処に戻る事は恐らく無いでしょうね」
「え…?」
「再びこの地を踏む時、私は今のままの私ではないと…確信しています」
「…そう?」
「緇宗と対峙する事は、大きな何かを得、同時に様々なものを…捨てる事だから」
 十二歳で叩いた軍の門。
 それから緇宋の元で身につけてきたもの。
 強さ、非情さ、脆さ。
 訓練の日々、重ねた罪、戦の炎、かけがえの無い人の記憶――
 それらを断ち切り、新しい世界を見る為に、戦う。
 その向こうに居る自分は、きっと、今とは違う。
「まあ、全て生きて帰れればの話ですが」
 そこに辿り着ける可能性の低さを思い出し、バツが悪そうに付け加えた。
「だからそれは私の仕事…って、あれ?」
 茘枝が足を止める。
 縷紅も彼女の視線を辿って足を止めた。
 道の先に人影がある。
「…旦毘…」
 意外な所で、あまりにも見慣れた顔に出会った。
「待ってたぞ」
 得物である薙刀を掲げながら、素っ気なく告げる。
「…止める気ですか?」
「そんな無駄な事はしねぇ。行くなら行けっつってんだ」
「お見送りには見えませんけど」
「見送るつもりも無ぇ。…一戦交えろ、縷紅」
「は…?」
「早く刀抜けよ」
 苛立ちを隠さない表情から、真意は汲み取れない。
 普段は裏表の無い人物なだけに、益々その意図は計り兼ねる。
「これは…意味のある仕合ですか?」
 相手を警戒しながら柄に手をかける。
「無かったら逃げるのか?俺が闘りてぇだけだよ。…行くぞ」
 刹那、振り下ろされた薙刀を、縷紅は紙一重のところで横に躱した。
 薙ぎ払われた白刃を潜り、後ろに跳んで間合いを取る。
「逃げてんじゃねぇよ!」
 突きに転じた刃を何とか剣で弾き、軌道を狂わせた。
 この隙に間合いに入るべく踏み込む。
 だが素早く立て直した薙刀が横から急襲してきた。
 思わず剣で受けた部分は木製の柄の部分。
 相手の得物に己の刃がめり込む感触。
「――!!」
 抜く為の、一瞬の隙。
 その間に、目の前には別の刃が突き付けられていた。
「…狡いですよ」
 左手に薙刀、右手に刀剣を持った旦毘が、言われてニヤリと笑う。
「やったモン勝ちだろ?こういうのって」
「…それなら」
 ひゅっと風を切る音。
 油断も隙も無く、二つの刃がぶつかり合う。
「おまっ…不意討ちかよ!?」
「やったモン勝ちなんでしょう?」
 剣と剣を挟んで笑う。
 どちらからともなく離し、斬り結んでゆく。
 互いに隙を突いての一撃一撃なのだが、動きを知り尽くしているかの様に、刃と刃が合わさる。
 そして――二人の表情は実に楽しそうだ。
 子供同士の遊びにも見える。その速度と、致命傷にもなり兼ねない武器を持っている事を除いては。
 事実、二人共、心は現在に無かった。
 周りにあるのは夜の闇ではなく、朱く染まる夕焼け色の広場。
 日が暮れても遊び足りず、呼ばれて家に帰るまで。
 そんな、いつしか消えた日常の風景の中に、二人は居た。
 戦など遠く、東軍の塀の中で世界が満ち足りていた、あの頃。
 旦毘が振り下ろした一撃で、全ては止まった。
「今度は卑怯も無しだぜ?」
 勝ち誇った笑み。
「分かってますよ」
 諦めた微笑。
「貴方には敵わない。昔から」
「当たり前だろ。俺は兄貴だもん」
「兄に花を持たせてあげるのも、弟の勤めです」
「…この負けず嫌いめ…」
 勝ったのに苦い顔をしている旦毘に、縷紅は改まって訊いた。
「それで、目的は何なんですか?」
 間髪入れず、答えが返ってくる。
「俺も行く」
「…え?」
「俺も天に行ってやろうって言ってんだ。この状況で嫌とは言わせねぇぞ」
 刀を突き付けたまま、旦毘は言った。
「脅しですか…」
「違う、お前より強いから文句無ぇだろって事だ」
「傍目に恐喝にしか見えませんよ」
 呆れた様に縷紅は言って、続けた。
「まあ、恐喝されなくても来て下さるなら歓迎します」
「ったく、素直じゃ無ぇ物言いするなぁ」
「それは二人共でしょ?」
 今まで静観していた茘枝が笑いながら口を挟む。
「ほんと、素直じゃないんだから。一言で済む話なのに」
「男はそれじゃ済まねぇんだよ。な、縷紅?」
「…個人的には一言で済ませて欲しかったのですが」
 苦笑で漏らされた本音に旦毘は絶句、茘枝は堪えられず笑う。
「まぁ…楽しかったですよ?」
 気遣うような笑みに変えて旦毘に向ける。
「凄く、久しぶりに…楽しんだ気がします」
 隣の旦毘を見ていた視線をふっと遠くして、縷紅は付け足した。
 旦毘は義弟を見返す。
 彼の視線の先に見えているもの――それを共有しているのは、自分だけだ。
「…たまには良いだろ?こんなのも」
 縷紅は視線を戻し、微笑んで頷いた。
 旦毘も頷き返し、先を見据えて言った。
「また、やろうな?今度は木刀で」
「木刀でも当たったら洒落になりませんよ」
 あはは、と脳天気に笑いながら縷紅が反対する。
「ま、どうせ旦毘は寸止めしてくれるから、真剣でも良いですけどね」
「いつもいつも出来るとは限らねぇだろ」
「出来ますよ旦毘なら」
「ちょ…おま…怪我しても知らねぇぞ!?」
「大丈夫です。そんな事言いながら放っておくなんて事、貴方には出来ないって知ってますから」
 現に今だって、と縷紅は微笑む。
 旦毘は口ごもって、まあな、と曖昧に答えた。
 月明かりは細く、闇は濃い。
 しかし行く先に光がある事を、彼らは疑わない。
 闇が世界を覆う度に、何度でも、日は昇った。
 それを知っているから――信じているから、歩んでゆける。
「この戦いが終わったら、また」
 縷紅が闇に包まれた天を見上げて、小さく呟いた。




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