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RAPTORS


 灯りの点る天幕。
 入口を潜れば、見慣れた面々が、それぞれの表情を作っている。
「縷紅、お帰り」
 一番奥で卓上に腰掛けている鶸が、顔を上げて言った。
 それでも場の空気は重苦しい。
「…見付からなかったのですね」
 旦毘が、僅かに視線を上げた。
 しかし直ぐに元通り俯く。
「私も捜索してきても良いでしょうか?事態は一刻を争います…緑葉は、天に行かせてはいけない」
「だがもう八方手を尽くした。恐らくもう手遅れだろう…」
 朋蔓の言葉に首を振る。
「可能性が僅かでもあるならそれに賭けます。それだけの価値はあるでしょう…人命が懸かっている」
「だがもう遅い。視界が効かない中で人一人の捜索など無理がある」
「しかし…!!」
「要はてめぇに行かせたくねぇんだよ」
 問答を遮り、旦毘が声を上げた。
「…何故…!?」
「斬るんだろ。お前」
 縷紅は絶句して旦毘を見る。
 冷え冷えとした視線が刺さる。
「例え裏切りだとしても…そう簡単に仲間を斬れる様な奴とはな。忘れたのか?アイツが隼と砲撃を止めたんだ。命懸けでな!だから俺達は勝てた」
「それは…解っています。しかし…それとこれとでは話が違う」
「それなら俺がお前を斬る」
「え…!?」
 何を言っているのかすら、理解出来なかった。
 誰よりも慕ってきた人に、ここまで言われるとは。
「そうだろう?お前もかつて裏切ったのは間違い無いんだ」
「やめろ、旦毘」
「だって叔父さん、おかしいだろ!?自分は裏切りに何のお咎めも無いのに、コイツは裏切った確証すら無い仲間を斬ると言った!」
 確かに、旦毘の言う事は正しいと、当の縷紅も思っている。
 それだけに、言ってしまった一言を、痛い程後悔した。
 ただ、確信はしている。
「今、裏切りが出ては、我々が圧倒的に不利になる…多くの無駄な犠牲を出す訳にはいかないから、ああ言ったんです」
 己の考えに、間違いは無い、と。
「…天でそう仕込まれたか。裏切りの疑いのある者は、斬れって」
 旦毘の言葉に反応は返せなかった。
 事実だから。
 何人、罪無き者を、手に掛けてきたか。
「俺が裏切っても、斬るか?」
「…何を…!?」
「訊いてんだよ。俺や…隼が裏切っても、お前は斬るのか?」
 旦毘の問いに答えられず、縷紅は沈黙した。
 天幕内が静まり返る。
 心許ない灯りが、影を映し出す。
 揺れている。
「…斬ります」
 答えを、吐き出した。
 恐らく、斬るだろう。目的の為なら、感情より先に刃が答えを出す。
 もう、解ってしまった事。
「…俺が知らない間に、お前は、変わっちまったんだな」
 旦毘が溜息混じりに吐き捨てた。
 知られたくなかった。
 心のどこかで疼くもの。そして、諦め。
 これまで隼にだけ見せてきた影の部分。
 もう、隠し切れはしない。
 董凱や、朋蔓は、そんな事は既に見通していたかの様な顔をしている。
 それが、何より居たたまれない。
 事実があるからこそ。
「目の前に居たじゃないですか」
 意思とは裏腹に、滑り落ちた言葉。
「私が姶良を斬った時、貴方は目の前に居た。それが何よりの証拠です。あの時、あんな事が出来たのも、今まで」
「縷紅」
 朋蔓の制止の声。
 これ以上喋る必要は無い、と。
 しかし、縷紅は続けた。
「今まで、無数の人を斬ってきたから。敵だろうが、味方だろうが関係無い。地の人間も、天の人間も、東軍の…かつての仲間も、命令さえ有れば斬ってきた。…あのまま天に居れば、次に斬っていたのは…黒鷹だったでしょうね。過去の関係を知っていながら、それでも」
「縷紅!!」
 朋蔓が叫ぶ。それはこの人の優しさ故だと解っている。
「…私はこんな化け物ですよ?旦毘。…元には、戻れない」
 旦毘は押し黙っている。
 あらゆる罵りを、非難を、嘆息を――喉で押し殺して。顔を歪めて。
 縷紅は踵を返した。
 その足を、父である董凱が止めた。
「お前が将軍になったと聞いた時、この手で斬ろうと決めた」
「…私は貴方の手には掛かっていませんよ」
 董凱は、口角を上げて笑った。
「全く、しくじったもんだな」
 縷紅も、ふっと笑って。
 天幕を、後にした。

 先刻と変わらぬ闇。
 ただ、濃度を増して。
 自分の発言を後悔すべきだろう。だが、どこかで、これで良かったと信じている。
 自分を偽って、このまま共に戦い続ける事も、出来なかっただろうから。
――でも。
 “これから”は有るのだろうか?
 もう、何もかも壊してしまった?
 また?――
 今出た天幕が開く音がした。
 ぱたぱたと駆け寄ってくる。
 縷紅は振り返る。
 真っすぐ見上る、鶸の目と合う。
「俺は天の軍抜けた後のお前しか知らねぇ。でも」
 一度言葉を切って、殊更大声で言った。
「良いヤツだって、よぉく知ってんだからな!」
「……」
 驚きを含んだ顔で振り返る。
 鶸の表情は、真剣そのもの。
 それをまじまじと見つめていると、不意に。
 不意に、笑ってしまった。
「な…人の顔見て笑うなよお前!」
 可笑しくて謝れない。悪い事をしている自覚はあるのだが。
「何なんだよ…ひっでぇな。もしかして俺の顔なんか付いてる?」
 取って取ってと顔を近付ける。もう可笑しくて堪らない。
「何だよぉー!?」
 鶸の顔が膨れっ面になってきたので、縷紅は漸く笑いを飲み込んだ。
「はぁ、久しぶりに笑いましたよ」
「だろ!?さっすが俺。…じゃなくて」
 この間の黒鷹と言い、笑わせたつもりは無いのに笑われ、調子の狂いっぱなしな鶸。
「ごめんなさい鶸…でも、ありがとうございます」
「なんかなー…」
 感謝されてもイマイチしっくり来ない。
「それよりさ、縷紅。俺決めた」
「決めた?何を?」
 急に改まって告げられるが、何の事か皆目見当が付かない。
「進軍しよう。…天に、行こう」
「…え?今、何と…」
「天に行こうよ縷紅!!皆でさ!」
「本気で…?」
 鶸は頷いて、迷い無く言った。
「お前達が探してるヤツは天に行ったんだろ?なら、追い掛ければいい。それで、ちゃんと本当の事聞いたら、お前の仲間も納得するんじゃねぇか?」
「…しかし…」
「斬る気なんて無いんだろ?本当は。…仲間だもん、斬りたくなんか無いよな」
「鶸…」
 どう、答えれば良いものか。
 だが、鶸の言う事に、間違いは無い気がする。
 縷紅自身、そう思っている。
「…隼に、彼を助けるよう頼まれました」
「おう、ダチだったらしいな。なら当然だろ」
「しかし公に私は動けないでしょう。彼らの理解を得ない限り」
「…なんで?」
「いや、なんでと言われましても…」
 鶸はカリカリと頭を掻き、案外真相を突く事を言った。
「…お前、仲間裏切ってでも、一人で天に行くのか?」
「……」
「一人で行って、そいつ助ければ良いとか思ってる?」
 否も応も言えず、縷紅は目を背けた。
 許されない行為だと判っている。
「ならやっぱりさ…皆で行けば良いだろ!お前が居なきゃ戦出来ないし。なっ?」
 するりと懐に入って、顔を見上げる鶸。
 底抜けの明るさは、眩し過ぎる。
 だが、心地好い。
「…そんな事の為に軍を動かすのですか、貴方は」
「“そんな事”じゃねぇよ」
 つい意地の悪い物言いになってしまったが、きっぱりと否定された。
「隼の事もあるし…何より、目の前で苦しんでるヤツが居るのに助けられないのは嫌だ。手段があるなら、助ける。これが俺達のやり方だ」
 いつか黒鷹も言っていた。助けられるのなら、それが一人でも助けると。
 そうでなければ、王の資格は無い、と。
「お前も含めて助けてやる。だから“そんな事”なんて言わせねぇ」
 意外な言葉にキョトンと鶸を見た。
「…だって、開戦前に比べたら、お前すげぇ窶れたぞ。…苦しいんだろうなって」
 照れはあるのだろう。口ごもりながら言って、再び強い視線を向ける。
「でもさ、縷紅…お前が過去に何していようが、今を楽しまなきゃ。そうでなきゃ、死んでった奴らも嬉しかねぇよ」
 呆気に取られて見つめていたが、ふっと、微笑んだ。
「鶸は、優しい人ですね」
「当たり前だろ」
 これを照れもせず言ってのけるから可笑しい。
 前例もあるので笑いは抑える。
「明日の朝にでも皆に提案してみましょう。…しかし、一筋縄で意見が通るとは思わないで下さいね?」
 今度は鶸がキョトンと見上げる番だ。
 縷紅はちょっと苦い笑いを浮かべて、理由を言った。
「私なら反対しますよ。第一、急過ぎる」
「お前はどうしたいんだよ?」
 言われて縷紅は少し考えた。
「こんな戦…さっさと終わらせたい…ってところですかね」
「じゃ賛成だな!?だいじょーぶ、王サマは俺!」
 まだ何か言いたげな縷紅を遮って、鶸はそう結論付けた。





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