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RAPTORS


 簡単な荷物をまとめ、縷紅に報告する為に、黒鷹は天幕を出た。
 すぐにただならぬ気配に気付く。
「…帰ってきた」
 一人呟いて、足を早めた。
 本隊が帰陣したのだ。
 駆け付けると、既に見慣れた面々が揃っている。
「鶸ぁっ!!」
「黒鷹!!」
 互いに駆け寄って、そして――
 ハグと、寸前で止められた拳。
 何ともちぐはぐな構図。
「待ってたんだぞぉ〜…って、何?コレ」
「あ゛ぁぁぁ、女は殴れねぇ〜!!」
 一度鶸から離れてキョトンとする黒鷹。
 その横で縷紅と旦毘が鶸に同情して頷いている。
「ズルイですよね…」
「本人に罪悪感のカケラも無いのが何よりな…」
「何!?俺何かした!?…もしかして」
 漸くはたと思い当たって、鶸をまじまじと見る。
「王権の事、怒ってたりする?」
 ピキリ、と頭の中で鳴ったような。
「あっったり前だろぉぉ!!あんなモン押し付けて一人で危ねぇ事してんじゃ…」
 頬の前まで迫った拳は、やはり当たる事は無く。
「ぁああ、やっぱり殴れねぇぇ!!」
 一人で悔しがっている鶸。
 余裕の表情の黒鷹。
「返さねぇって一度言っただろ?だったらそんな事でウジウジ言うなっつの。男なんだからさ?」
「なんで実は女ってだけで一枚上手なんだよ!?ちきしょー!!」
 鶸、帰って早々コテンパンの図。
「逞しい娘になったもんだ…」
 ちょっと遠くから眺める、かなり間違った親も居る。
「董凱、お帰りなさい」
 縷紅が気付いて声を掛ける。
 当然、横に居た旦毘もその存在に気付く。
「教育いいですなぁ?おトーさん?」
「だろぉ?ちょーっと良過ぎた部分も有るけどな」
 皮肉を全肯定。
 逆に旦毘がたじろいでいる。
「それはそうと、苦労した様だな、お前達」
「…まだ、過去形にはなりませんよ」
 言って、縷紅は笑みを曇らす。
「何があった?」
 縷紅の視線の先には笑い合う黒鷹と鶸。董凱もつられてそちらに目をやる。
「あの子達を…失望させたくはないんです」
「だからってお前が命捨てる事は無いだろ」
 呟いた言葉に、直ぐ様旦毘が被せた。
「何の話だ?」
 穏やかならぬ話に、董凱の表情も険しくなる。
「…こちらの事をお話ししましょう。中へ」
「ああ、頼む」
「鶸、黒鷹、お前らも入れ」
 縷紅の言葉を受けて、旦毘が二人を呼び、一同は天幕へと向かった。

 縷紅はこれまで地であった事を全て話した。
 緑葉との再会、隼の病、負け戦の奇跡、そしてこれからの事。
 緇宗を越える為の、縷紅の考え。
「…お前はそれが良いと思っているのか?」
 抑えた声で董凱が問う。
「そんな事は…。ただ、そこまでしなければならないという想いはあります。そうでなければ、この戦は…」
「そんなに焦る必要無いんじゃねぇのか?」
 旦毘が言えば、縷紅は口を閉ざさざるを得ない。
 ――尤もなのだ。
 戦況は今、安定している。ゆっくり策を練る事は可能なのだ。
「俺…が、変な事言っちまったからだよな。悪い」
「黒鷹、それは…」
「アイツ…隼の事で頭いっぱいにしてた俺が悪かったんだ。ごめん、勝手な事言って」
「違います…!あの言葉は正しいでしょう!?」
「隼にも言われた。“困らせる事言うな”って…。だから、忘れてくれ、な?」
「黒鷹…」
「別の方法探そう」
 殊更明るく言って、縷紅に笑む。
「地が、この戦に勝つ為の方法を」
「それは…」
「俺は皆で勝ちてぇ」
 縷紅が言いかけた言葉を、鶸が遮った。
「もう、誰も欠ける事なく、だ。皆で終わらせて、喜びたい。…お前もそうだろ?」
 問う相手は、黒鷹。
「当然…だろうが…」
 言葉が引っ掛かる。
 望む事は誰よりも強い。しかし現実を知っている。
「でも…どうにもならない事はあるんだ…。鶸、隼は――」
「諦めてんのかよ!!」
 鶸が怒鳴る。
「お前が諦めてどうする!!今まで何度もあっただろ、その度に隼助けてきたのはお前じゃねぇか!!その、お前が…」
「どうしろって言うんだよ!?」
 捲し立てる鶸に上回る声で、黒鷹が叫んだ。
「お前は…今の隼の状況知らねぇだろ。それに今は国全体の事を考えなきゃ…。今までとは訳が違うんだ。俺達が出来る事なんて…」
 鶸が荒々しく席を立った。
「鶸?」
 縷紅が呼び止める。
「…そんなお前、見てられねぇ」
 踵を返し、真っ直ぐに天幕を出て行く。
「鶸!!おい!!待てって…」
「いいよ、旦毘」
 追うべく慌てて席を立った旦毘を、黒鷹は呼び止めた。
「良かねぇだろ!?あの分からず屋…お前責めて済む問題じゃねぇだろ…」
「良い。アイツがあんなだから今まで俺はやって来れた。…受け止められないのは、お互い様だから」
「……」
 紅い唇を噛む。
 哀しみと、無力への苛立ち。怒り。
「…私達は最善の策を探ります、だから」
 縷紅が静かに黒鷹に告げる。
「鶸を追って下さい、黒鷹。一人で背負うには、あまりに重過ぎるから。それは鶸も同じです」
「…うん」
 素直に頷いて、席を立つ。
 歩き出した黒鷹に、縷紅は付け加えた。
「私達は国の為に個人を犠牲にはしません。それでは天と…今までの世界と、同じだから」
「…俺達」
 天幕の扉を開ければ、夜の風が頬をなぜる。
「世界、変えるんだよな」
 星が煌めく。変わらない空で。




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