RAPTORS 8 簡単な荷物をまとめ、縷紅に報告する為に、黒鷹は天幕を出た。 すぐにただならぬ気配に気付く。 「…帰ってきた」 一人呟いて、足を早めた。 本隊が帰陣したのだ。 駆け付けると、既に見慣れた面々が揃っている。 「鶸ぁっ!!」 「黒鷹!!」 互いに駆け寄って、そして―― ハグと、寸前で止められた拳。 何ともちぐはぐな構図。 「待ってたんだぞぉ〜…って、何?コレ」 「あ゛ぁぁぁ、女は殴れねぇ〜!!」 一度鶸から離れてキョトンとする黒鷹。 その横で縷紅と旦毘が鶸に同情して頷いている。 「ズルイですよね…」 「本人に罪悪感のカケラも無いのが何よりな…」 「何!?俺何かした!?…もしかして」 漸くはたと思い当たって、鶸をまじまじと見る。 「王権の事、怒ってたりする?」 ピキリ、と頭の中で鳴ったような。 「あっったり前だろぉぉ!!あんなモン押し付けて一人で危ねぇ事してんじゃ…」 頬の前まで迫った拳は、やはり当たる事は無く。 「ぁああ、やっぱり殴れねぇぇ!!」 一人で悔しがっている鶸。 余裕の表情の黒鷹。 「返さねぇって一度言っただろ?だったらそんな事でウジウジ言うなっつの。男なんだからさ?」 「なんで実は女ってだけで一枚上手なんだよ!?ちきしょー!!」 鶸、帰って早々コテンパンの図。 「逞しい娘になったもんだ…」 ちょっと遠くから眺める、かなり間違った親も居る。 「董凱、お帰りなさい」 縷紅が気付いて声を掛ける。 当然、横に居た旦毘もその存在に気付く。 「教育いいですなぁ?おトーさん?」 「だろぉ?ちょーっと良過ぎた部分も有るけどな」 皮肉を全肯定。 逆に旦毘がたじろいでいる。 「それはそうと、苦労した様だな、お前達」 「…まだ、過去形にはなりませんよ」 言って、縷紅は笑みを曇らす。 「何があった?」 縷紅の視線の先には笑い合う黒鷹と鶸。董凱もつられてそちらに目をやる。 「あの子達を…失望させたくはないんです」 「だからってお前が命捨てる事は無いだろ」 呟いた言葉に、直ぐ様旦毘が被せた。 「何の話だ?」 穏やかならぬ話に、董凱の表情も険しくなる。 「…こちらの事をお話ししましょう。中へ」 「ああ、頼む」 「鶸、黒鷹、お前らも入れ」 縷紅の言葉を受けて、旦毘が二人を呼び、一同は天幕へと向かった。 縷紅はこれまで地であった事を全て話した。 緑葉との再会、隼の病、負け戦の奇跡、そしてこれからの事。 緇宗を越える為の、縷紅の考え。 「…お前はそれが良いと思っているのか?」 抑えた声で董凱が問う。 「そんな事は…。ただ、そこまでしなければならないという想いはあります。そうでなければ、この戦は…」 「そんなに焦る必要無いんじゃねぇのか?」 旦毘が言えば、縷紅は口を閉ざさざるを得ない。 ――尤もなのだ。 戦況は今、安定している。ゆっくり策を練る事は可能なのだ。 「俺…が、変な事言っちまったからだよな。悪い」 「黒鷹、それは…」 「アイツ…隼の事で頭いっぱいにしてた俺が悪かったんだ。ごめん、勝手な事言って」 「違います…!あの言葉は正しいでしょう!?」 「隼にも言われた。“困らせる事言うな”って…。だから、忘れてくれ、な?」 「黒鷹…」 「別の方法探そう」 殊更明るく言って、縷紅に笑む。 「地が、この戦に勝つ為の方法を」 「それは…」 「俺は皆で勝ちてぇ」 縷紅が言いかけた言葉を、鶸が遮った。 「もう、誰も欠ける事なく、だ。皆で終わらせて、喜びたい。…お前もそうだろ?」 問う相手は、黒鷹。 「当然…だろうが…」 言葉が引っ掛かる。 望む事は誰よりも強い。しかし現実を知っている。 「でも…どうにもならない事はあるんだ…。鶸、隼は――」 「諦めてんのかよ!!」 鶸が怒鳴る。 「お前が諦めてどうする!!今まで何度もあっただろ、その度に隼助けてきたのはお前じゃねぇか!!その、お前が…」 「どうしろって言うんだよ!?」 捲し立てる鶸に上回る声で、黒鷹が叫んだ。 「お前は…今の隼の状況知らねぇだろ。それに今は国全体の事を考えなきゃ…。今までとは訳が違うんだ。俺達が出来る事なんて…」 鶸が荒々しく席を立った。 「鶸?」 縷紅が呼び止める。 「…そんなお前、見てられねぇ」 踵を返し、真っ直ぐに天幕を出て行く。 「鶸!!おい!!待てって…」 「いいよ、旦毘」 追うべく慌てて席を立った旦毘を、黒鷹は呼び止めた。 「良かねぇだろ!?あの分からず屋…お前責めて済む問題じゃねぇだろ…」 「良い。アイツがあんなだから今まで俺はやって来れた。…受け止められないのは、お互い様だから」 「……」 紅い唇を噛む。 哀しみと、無力への苛立ち。怒り。 「…私達は最善の策を探ります、だから」 縷紅が静かに黒鷹に告げる。 「鶸を追って下さい、黒鷹。一人で背負うには、あまりに重過ぎるから。それは鶸も同じです」 「…うん」 素直に頷いて、席を立つ。 歩き出した黒鷹に、縷紅は付け加えた。 「私達は国の為に個人を犠牲にはしません。それでは天と…今までの世界と、同じだから」 「…俺達」 天幕の扉を開ければ、夜の風が頬をなぜる。 「世界、変えるんだよな」 星が煌めく。変わらない空で。 [*前へ][次へ#] [戻る] |