RAPTORS 1 ごつごつした岩壁によりかかる人影があった。 隼の姿を見つけ、影が揺れる。 それが誰なのか確認して、隼は顔を顰めた。 「王子をどこに連れて行くつもりで?」 隼が口を開くより早く、相手が訊いてきた。 この人物――縷紅だけは、顔を合わせたくなかったと、隼は悔いた。 「根の国」 ぶっきらぼうに隼は答える。 「何をしに?」 「同盟を結ぶ為」 「本当に?」 「疑うのか」 縷紅は否定しなかった。ただ淡々と言う。 「貴方は根の危険さを知らないのか?」 「皮肉ってんのか?」 「いえ…王子を無事に帰して下さるよう、お願いしているのです」 「やっぱり皮肉だな。そんな遠回しな願いを汲んでやる程、俺は出来てない」 それには何も言わず、縷紅は正面から隼を見る。 「聞き入れて下さいますか?」 「俺が王子に何すると思ってんだ?お願いされる事じゃねぇだろ。それに子供じゃねぇんだ、自分で身を守るくらい出来る」 「…守るべき人物が裏切っても?」 「だから、俺が王子に何すると思ってんだ?」 「信用出来ない。貴方が何を考えているのかも想像出来ない」 「出来なくて結構。俺は言った以上の事は考えてない。お前は何するつもりなんだ?断固として根に行かせないつもりか?俺が信用出来ないから行くなと王子に進言するつもりか?」 「何かあってからでは遅いでしょう。――貴方の返答次第では私も行こうと考えていました」 「天の人間が行ってどうする。天を倒す為の同盟なのに」 これ以上話しても無駄だと、それ以前にこの人物と話したくないと思い、隼は止めてい足を進めた。 一方縷紅は、まだ逃がしてはならじと更に言葉を掛ける。 真意を確かめねば、離れる事は出来ない。己の目的の為に。 「出発は?」 「明日」 「ずいぶん急ぎますね」 「この国には時間が無い。こうしている間にも皆苦しんでいる」 ふと隼は足を止める。 「お前は…国と王子、どっちの為に地に下りたんだ?」 「――え?」 「何故王子に過保護なんだ?確かにガキだけどな…何故、国より王子にこだわる?」 「貴方は国の方が大事ですか?」 どちらの言葉にも、言外に「天の、根の人間なのに」という意味が含まれている。それが互いの双眸を鋭くしている。 「俺は、地の国と、王子の臣下だ。王子が地を建て直すなら、俺はそれを助ける役目がある」 「…私は自分の為に地に下りた」 「へぇ?」 「理由は言えないが、私は王子…否、黒鷹を守らなければならない」 「国はどうなってもいいワケだ」 隼は皮肉めいて言ったが、縷紅はさらりと肯定した。 「本質的には天の人間ですから」 隼は目を細める。 「危険なのはそっちじゃねぇの?」 「私は地の何も害す事はありません」 「その言葉、覚えておけよ」 「そちらこそ、王子の無事をお守り下さる様、重ねてお願いします」 「くどいな。ったく」 吐き捨てて再び歩きだした隼の背に、縷紅が言葉を掛けた。 「貴方の背後には何者か居るのですか?」 「はぁ!?」 思わず隼は振り返る。 「どういう意味だ、それ」 「僅か二歳の子供が敵対する異国に置かれた意味――それを考えていました」 「…司祭か」 その事実を教えたであろう人物を低く呟く。縷紅は反応を返さず続けた。 「例えば――周囲の目を眩ませる為に何者かが子供を用いたとすれば…どうでしょうか。その子が定期的に根の者と接触していたとすれば」 「俺は俺以外に根の血を持つ奴を知らない」 きっぱりと隼は言った。 憎しみを込めた翡翠の瞳は、必ずしも縷紅のみを見ている訳ではない。 「…この国に居る根の人間は…国に見捨てられた…否、親に見捨てられただけの人間だ」 「……」 「お前がどういう想像をしようと勝手だが、それを俺に喋るのは許さない。…俺は地の人間だ。もう、関わるな」 遠ざかる背を見ながら。 縷紅は、翡翠の瞳の中にあるものが、悲しみだったと。 漸く知った。そしてそれを信じざるを得なくなった。 決して、それは、他人事ではないものだったから。 夜。 必要最低限の軽い荷物を確かめながら、黒鷹は鶸に言った。 「またこの国に帰って来れるかなぁ?」 鶸は聞いてぎょっとする。 「何言ってんの、お前!?」 「いや、ちょっと思っただけ」 鶸の驚きようを笑いながら、黒鷹は言う。 「俺が居ない間は、お前が地の王だ。非常時には指揮しろよ」 「お前より似合わねぇよ、俺が王なんて…」 「盗賊の頭とそんな変わんねぇよ」 「じゃあ王って言うな。頭って言ってくれ」 「そうだな。…それで、一週間帰らなかったら、お前が本当に王だからな」 「…は?」 「頼むな」 「ちょ、ちょ、ちょっと待て…自分が何言ってるのか分かってるのか!?」 まくし立てる鶸を、ちらりと横目に見る。 「今聞いた事が理解出来ないのか?」 「頼む相手が違うだろう!?」 「じゃあお前は鶸じゃないのか?」 「そういう問題じゃなくって…」 「王族だろ?いい加減自覚持て」 「って言われてもなぁ」 困り果て、がりがりと頭を掻きむしり、上目使いに黒鷹を見た。 「頼むから、ぜっっったいに帰って来いよ」 「さてなぁ…?」 「何があっても帰って来いよぉー!!」 黒鷹は悪戯な笑みを、笑いに変えた。 [次へ#] [戻る] |