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RAPTORS

 駆け足の夜は過ぎ、出発の朝が来た。
 黒鷹も隼も、あまり大層な見送りは好まないので、鶸と茘枝にだけ「言って来る」と告げて出た。
「今更って思うだろうけど、お前道知ってる?」
 黒鷹は早足に歩く隼を懸命に追い掛けている。
「前から茘枝に調べてもらっていた。いつか必要になると思ってたからな」
「…ずっと根に行こうと考えてた訳だ」
「言っとくけど、個人的な用件じゃねぇよ」
「本当に興味無い?」
「…まぁ、分かれば拒みはしない…だろうけど」
 “分かんねぇな”と空を仰いで笑った。
 自分が異国に捨てられた理由――知りたくないと言えば嘘だが、実際知るとなると、受け入れる事が出来るだろうか。
「ろくな事じゃねぇもんな。まぁ今は地の人間だからどうだっていいけど」
「そんなもんか」
「そうだな」
 明るく言って、空を見上げる。
 うららかな青空が広がり、遠くに黒い塊――天の島の一つが見える。
「こうしていると、平和なんて近くにあるモンだと思うけどな…」
「革命も戦も、国も王座も関係無いと思えてくる…やっばいな」
 黒鷹は笑う。
 こんな生まれじゃなかったら良かったのに…そう思いながらも、その考えを鼻で笑って現実を見なければならない。
 実際、この青空が永久に続く世界なら、もっと楽に生きられた。
 だが悔やむ訳にはいかない。
 それを作るのが、自分の役目だから。
「なぁ、クロ」
 隼が相変わらず天を仰ぎながら訊いた。
「お前はあの国が憎いと…思うか?」
 黒鷹はきょとんと隼を見返し、しばし考え、分からないと呟いた。
「分からない?」
 隼が視線を黒鷹に下ろして聞き返す。
 黒鷹は真顔で、考え考え言葉を接いだ。
「変だよな。父上を殺したのも、国を奪ったのも、皆を苦しめるのも、天のせいなのに。俺は王子として天を憎まなきゃいけないのに。…でも、それが…憎むって事が、分からない…」
 隼は怪訝な顔をしていたが、低く呟いた。
「案外、それが正しいのかもな」
「え?」
 彼の視線は再び空へ。
 翡翠の中に、青が映る。
「俺は…憎くてどうしようも無い…。この憎しみをどうして良いか分からなくなる程に」
「…隼」
「俺一人じゃ何も出来ないんだ」
 じっと見つめてくる視線。
 真っすぐで、純粋なそれは、己には無いもので。
 怖くもあった。
「…憎しみで戦えはしないよ。皆を巻き込む戦なら、尚更」
 そうだな、と胸中で頷く。
 口には出せなかった。本心に押し潰されて。
 所詮、根の血の流れる自分には、黒鷹の様な良心は持てないのだ。
 隼はそう心の中で毒づき、憎い国から目を逸らした。
 二人ともしばらく、黙したまま淡々と歩いた。
 黒鷹の戸惑いと、隼の胸の内にあった苛立ちが徐々に消えてきた頃。
「…見えてきた」
「え?」
 前方に高々とそびえる山。
 その山頂はあまりに高く、肉眼では見えない。その麓には、ぽっかりと穴が開いている。
「天・地・根を結ぶ唯一の道…三界山だ。尤も、天が地への門を作ってから、ここを通る奴はいねぇけどな」
「根の国への唯一の道ってやつか」
「あの穴を降りる。正確には命綱を付けて落ちる」
「え?」
「垂直の崖っぷちが数十メートル続いているらしい。下は水だから落ちた方が早いとさ」
「マジかよ…。ホントに水?」
「茘枝を信じるならな。真っ暗だから絶対に俺の手を放すな」
「お手々繋いで暗黒ダイブかよ…。心中じゃないんだから…」
「本当に心中にならねぇ様に祈ってろ」
 林を抜けると、黒く大きな穴が、獲物を待つ様に口を開いていた。


 ぱらぱらと闇に吸い込まれる小石を見て、黒鷹は息を飲む。
 底はおろか、数メートル先も見えない。
 側面は黒くすべすべした岩壁が限りなく続く。
 その穴が数メートル、爪で引っ掻いた様な形で開いている。
 立っている地面は白い砂と小石で敷き詰められ、木も草も無い不毛の土地。
 それが斜面を描いて空高くまで昇る。
 そこから天への道を「白道」、根への道を「黒道」と呼ぶと隼は説明した。
 確かに白と黒のコントラストは美しいが、深い谷と高い山は、威圧感を通り越して恐ろしい。
 その黒を見ていると、自分もその中に溶けるんじゃないかと思い、慌てて身を引いた。
「落ちてもいいけど死ぬなよ。俺が責任取らなきゃいけねぇから」
 白い大地に杭を打ち込んでいた隼が、横目で黒鷹を見て言った。
「これ落ちるんだろ?怖ぇの」
「やめるか?一人で帰るか?」
「冗談」
 隼を見遣ると、杭に何かを結ぶ――恰好をしている。
「お前、何やってんの?」
 揶揄を含めて笑うと、真面目な答えが返る。
「命綱結んでんだよ」
 黒鷹の表情は固まる。
「綱って…」
「昨日見ただろ」
 黒鷹の“寝起き”に使った、あの鋼糸。
「だ、大丈夫なのかそんなので!?他に何か無かったのか!?」
「こいつが一番信用出来る。念の為一番太いのを使ったけどな」
「そんなの無いも同然っ…!!」
 黒鷹の叫びは宙に放り出された。
 隼が鋼糸を操る手とは逆の手で、黒鷹の腕を掴み、穴に入ったからだ。
「手ほどくなよ!」
 落ちながら隼は叫んだが、返事は無かった。
 手より先に、意識を放してしまったらしい。
 苦笑して、隼は下を見る。
 黒い水面が迫っていた。




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