RAPTORS
11
開戦は日暮れと同時だった。
天は地にある戦力のほぼ全てを結集させてやって来た。
冷静に考えれば、地の負けは明確。
だがそれだけに、地の兵達は死に物狂いだった。
その上、戦場には縷紅の提案で罠が仕掛けられており、開戦当初、天の軍は押され気味ですらあった。
短期決戦を理想とした縷紅と朋蔓は、混乱した敵軍に猛攻をかける様に指示した。
だが、壁は厚かった。
混乱した先陣を見捨てた天の軍は、体勢を素早く立て直し、地を迎撃した。
「…惨いモンだな」
戦場から陣へ戻ってきた旦毘が呻いた。
縷紅に戦況を伝える為に、戦場と陣を行き来している。
「地獄そのものだ。敵だろうが味方だろうが、負傷者は見殺した揚げ句、踏みつけて戦ってる…天の奴らの神経が信じられねぇな」
縷紅は頷いて、何も言葉を発しない。
きっと自分も、同じ事をしていた。
「…これ以上長引かせるのは無駄な犠牲を出す事になるでしょう…」
兵力と士気は下がる一方。もう勝利は望めない。
「撤退…か?」
「この陣は捨てましょう。負傷者は女子供の居る城跡へ逃し、我々は南方へ敵を引き付ける」
「終わりか…?」
ぽつりと出された言葉に、準備の為立ち上がった足を止めた。
「…少なくとも、私達は覚悟すべきですね」
「…そうだな…」
「でも全てが終わりではない。希望はきっと…有ります」
「ああ」
黒鷹が、隼が、生きている限り。
「伝令をお願いします。南の洞窟地帯へ向かいます」
「お前は負傷者の先導をしたらどうだ?立派な一員だろ?」
「嫌ですよ、そんなの」
縷紅は笑う。
「旅行に連れて行って貰えなかった子供みたいじゃないですか。嫌です」
もう一度言って、笑みを消した。
「独り、残されるなんて、御免です。私の戦でもあるんです――最期まで、戦わせて下さい」
「…好きにしろよ」
薄く旦毘が笑んで言う。
例え、生き残ったとしても――辛いだけだ。
「玉砕覚悟で戦い続けるなんてカッコイイじゃねぇか。伝令ついでにもう一戦してくる」
「気をつけて…玉砕覚悟はもうちょっと待って下さいよ」
「分かってるって」
背を向けて手を挙げ、ひらひらと振り、旦毘は去った。
それを、複雑な気持ちで見送る。
もうすぐ。
終わるのか。
最期まで共に戦える、これは何より嬉しい。
一人では、きっともう戦えない。
ただ、終わりが近付いている事が、胸を締め付ける。
未練ではない。
後悔でもない。
死への恐怖とも違う。
多分、最期まで付いて来てくれる人達と、もう会えないであろう仲間が居る事が――…
「終わる…ようやく…」
何だかまだ実感が持てず、言葉にして呟いた。
その時。
背後に有り得ない気配を感じた。
紅い、殺気。
「ああ。終わりだ」
凍り付きそうな声音。
「俺が今、この場で終わらせてやる」
死神の如く。
見たくないものを見るように、ゆっくりと縷紅は振り返った。
紅い髪を持つ、もう一人の人物。
赤斗。
「どうしてここへ…」
「どうして?」
鎌の如く口を歪ませ、赤斗は嘲笑した。
「お前の首が欲しい、それ以外にこの戦に来た理由があると思うか?」
「――将軍にあるまじき理由ですね」
「ほざけ。お前がコソコソ隠れやがるから、迎えに来てやったんだ」
「要りません、そんなお迎え」
ふん、と鼻を鳴らす。
「相変わらず生意気な野郎だ」
「相変わらず…ですか」
剣を抜かせてはならない。
傷のある今は、勝ち目が無い。
だが、どうやって?
「昔とは違います、赤斗。私闘なんて止めましょう。私も貴方も今はそんな立場ではない筈です」
「理屈はそうかもな。だが俺には関係無い」
「そんな勝手が許される組織になり下がったのですか?あなたの軍は」
ニヤリと、赤斗は笑う。
「焦ってるのか?縷紅――」
「――」
「よほど俺と闘り合うのが嫌らしいなぁ…。隙ばかり窺いやがって」
「ええ」
あっさりと頷く。
「こんな闘いなど無意味ですから」
「意味…?今更意味なんざ求めるのか…!?」
「無意味な殺し合いなど愚かです」
「よくそんな事が言えるな…!!今までどれだけ無駄な戦に加担してきたと思っている…!?お前は緇宗の座興で顔色一つ変えず人を殺し、出世した!!違うか!?そんな奴が、何を今更…!!」
どこかが痛むのは、それが事実だから。
出世せねば世界を変えるどころか、己の自由すら無い。出世する為には手を汚さねばならなかった。
「…確かに、言い逃れ出来る立場ではありません。出世の為に多くの命を奪ったのも事実。…でも、悪のままでは居られないんです」
折らす訳にはいかなかった、志。
どんなに意に削ぐわぬ事を繰り返しても。
「今は、奪ってきた命に報いる時。戦無き世を作る為です。…もう、止めにしませんか?赤斗」
「残念だが」
剣に手をかける。
「俺は手ぶらで帰るつもりは毛頭無い」
すっと、刃が姿を表す。
「――!!」
瞬時に斬りかかってきた赤斗の刃を、鞘から抜いた勢いの剣で受ける。
片手でしか柄を握れない。耐えられない。
体を横に滑らせて攻撃を受け流した。
「左手…か」
気付かれた。
「成程、そういう事だったんだな…。楜梛め、いい加減な事を」
どうする――?
正攻法では、生き残れない。
「手間が省けた」
不敵に笑う赤斗。
「簡単に念願が叶うと物足りなくもあるな。まぁ、いい」
「…昔からそうでしたね…。目の敵のように、私を狙っていた。何故…?」
赤斗はゆっくりと、剣の切先を縷紅の頭――紅の髪へ向ける。
「目障りなんだよ、その色が」
「……!?」
「消えろ」
再び金属音が鳴り響いた時。
異変は起きた。
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