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RAPTORS


 大砲は天の基地を囲む形で設置されている。
 北側の丘に二つ、南側の丘に一つ、地の陣に向かってその口を開けていた。
 二人は先に北側に向かう。
 日も完全に暮れ、夜営の灯りが見てとれる。
 隼は緑葉に、丘を挟んだ基地とは反対側の林で待機する様に言った。
 二つ目の破壊音が聞こえたら、馬を連れて来い、と。
 そのまま一気に南まで下り、残る一つの大砲を破壊するつもりだ。
「…じゃあ、お前一人で登る気なのか?」
 大砲が設置されている丘を目前にして、緑葉が訊いた。
 隼は頷く。反論を許さない表情で。
「…無理するなよ」
 それだけしか、緑葉には言えなかった。
 隼は“霧雨”を装備し終え、言った。
「行って来る」
「…ああ」
 隼は一人、丘を登り始めた。
 鋼の匂い。歩けば歩く程、濃くなる。
 集中力を最大限にまで高めて、症状が露わになるのを押さえる。
――これは、想像以上にキツい戦いかも知れない…。
 頂上を前に、物影に身を潜める。
 見張りが三人。
 丘の三方向を窺っている。
 中央に連絡用の鐘。
 それを囲む形で篝火が四つ。
 奥に目的の大砲が二基。
 隼は、カチンと小さな音をたてて、霧雨の留め具を外した。
 タイミングを測り、そして。
 辺りが闇に包まれた。
 篝火の炎が消えたのだ。
 灰の中に燻る火だけが、足元を微かに照らしている。
 霧雨が、篝火の台もろとも切り刻んだのだ。
 見張り達は何が起こったのか解らず、一瞬呆然とした。
 その、一瞬に、彼らは霧雨の餌食となった。
 篝火の炎が再び燃え始める。
 丘が燃える。
 その中で、隼は炎と血を吸って、赤く染まっていた。



 二つ目の破壊音が辺りに響き、待ち兼ねていた緑葉は即刻馬を飛ばした。
 頂上に近付いて、目を見張る。
 野原が炎に包まれている。
 そんな気配など微塵も無かった。
 耳を澄ましていて、破壊音しか聞こえなかったのに。
 炎の中に隼は居た。
「――隼!」
 極力静かに呼び掛ける。だが反応は無い。
 動かねば、炎に飲み込まれる。
 緑葉は意を決して、手綱から片手を離し、炎の中へ突っ込んだ。
 間一髪、片手で隼の体を抱き上げ、炎から逃げる。
 何とか自分と馬首の間に座らせた。
 動かない。もたれ掛かってくる。
 荒い呼吸だけが聞こえる。
「大丈夫か!?」
 負担は相当の物だった様だ。
 「ああ」と隼は応じた。出ているか出ていないかの声で。
「もう一基は俺も行くからな!…でも、お前、壊せるのか…?」
 こんな状態で。
「心配するな」
 漸く聞き取れるかどうかの声で隼は言い、瞼を閉じた。
 “無茶言うな”と呟いて、緑葉は辺りを見回す。
 蹄音が、複数聞こえた気がした。
 ちらと、後方に目をやる。
――追われている。
 舌打ちをして、更に速度を上げる。
 敵を巻く事も考えたが、行先は知れている。急ぐしかない。
「隼!着いたら即、壊せ!!」
 馬は丘を駆け上がった。
 馬上から緑葉が見張りを斬る。
 真っ直ぐに大砲に近付く。
 最も接近した時。
 隼が霧雨を一閃させた。
 鋼の大砲が、がらがらと音を響かせて崩れ去る。
 緑葉はこのまま逃げ去ろうとして、速度を再び上げようとした。
 だが。
 耐え切れなくなった身体が、馬上から消えた。
 ふわりと落ち、地面に叩き付けられる。
「――隼っ!!」
 馬を急停止させ、止まるか止まらないかで自らも飛び降り、駆け寄った。
「馬鹿、お前はさっさと逃げろ…!」
 血と共に言葉を吐く。
「出来るかよ!?最後まで見届けると言った筈だ!」
 追手はそこまで来ている。
 とにかく、隼を背負い、木立の中へ逃げ込んだ。
「いい。下ろせ」
 そう深く入らないうちに隼は言う。
 緑葉はその身体を、木に持たせ掛けてやった。
「どうする気だ!?」
「騒ぐな。俺の言う通りにしろ」
 松明の灯りが自分達を囲み、じわじわと近付いてくる。
 もう逃げ道は無い。
「どう…するんだ…?」
 先程より語気を弱くして、再び問う。
「奴らの前で俺の首を取れ」
「はぁっ!?」
「偵察していたと言って天に戻れ。それで何とかなるだろう」
「お前、何考えて…」
 言いかけて、はっと気付く。
「まさか、最初からそうするつもりで俺を…!?」
「だからお前にしか頼めなかった」
 愕然として隼を見下ろす。
 だらりと、木に預けられた身体。
「…本気で言ってるのか?」
「お前がやらないのなら、自分でやるぞ」
 言って、自らの刀に手を伸ばす。
 慌てて緑葉はその手を止めた。
「待て!!待てってば…頭を冷やせ!!」
「もう十分冷えてる。って言うか、それはこっちの台詞」
「……!」
「お前は捕虜だ。思い出せ」
 緑葉は緑の目を見つめ、震える体で立ち上がった。
「所詮、敵同士って事か」
「……」
 松明が迫る。人の姿も確認出来る程に。
 震える手が、刀の柄を握った。
「それで、いい。ちゃんと斬ってくれよ?流石に半パ斬られて痛いのは嫌だからな」
 微かな笑みすら浮かべて、隼は言った。
「馬鹿…言ってんじゃねぇよ」
 すらりと、刃を抜く。
 そして、誰にともなく叫んだ。
「俺もこのまま生きるのはゴメンだ!!俺の覚悟、見ろ!!」
 隼は閉じていた目を見開いた。
 敵の中に、刀一つ持って飛び込む緑葉が居た。
「…っとに、バカな奴…」
 半苦笑して、自らもよろめきつつ立ち上がる。
 刀を抜いた。
「もう、命の保証はしてやらねぇぞ」
「ハナっから必要としてねぇよ、そんなモン!!」
 隼は笑った。
 変な所を影響させてしまったらしい。
――まぁ、いいか。
 これが、俺達の生き方、そして死に方なら。
 後悔する事も無いだろう。
 二人だけの戦いは、文字通りの死闘だった。
 傷だらけになりつつも、敵に向かっていく。
 その先には生きる希望など無い。
 それを裏付ける様に、敵は増える一方だった。
 何の為に戦っているのか、それすらも判らず刀を振るい続ける。
 ただ一つだけ。
 “後悔する生き方はしたくない”――それだけが、二人を動かす理由。
 数分が、永遠とも思える時間だった。
 緑葉は軍の中でも実力的に抜きん出ていた訳ではない。
 この数を相手にするには、無理がある。
 それでも死に物狂いで戦い続ける。全身を自分の血と返り血に赤く染めながら。
 隼も既に体力の限界を越えている身だ。動いている事が信じられない程。
 当然、長くは持たない。
 倒れる身体を、刀を杖にして膝を付き、踏み止どまる。
 しかし、これ以上身体が言う事を聞かない。
 外の全てが遠くなり、自分の呼吸音と心音だけが五感を支配する。
 刃が迫る。
――死ぬか。
「隼ッ――!」
 緑葉が叫んだ。
 一瞬が、途方も無く、長い。
――これで、いい。これで終わるなら――
 黒鷹の顔が。
 浮かんで、消えた。
――ごめん、な。約束、守れなくて。





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あきゅろす。
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