RAPTORS 8 大砲は天の基地を囲む形で設置されている。 北側の丘に二つ、南側の丘に一つ、地の陣に向かってその口を開けていた。 二人は先に北側に向かう。 日も完全に暮れ、夜営の灯りが見てとれる。 隼は緑葉に、丘を挟んだ基地とは反対側の林で待機する様に言った。 二つ目の破壊音が聞こえたら、馬を連れて来い、と。 そのまま一気に南まで下り、残る一つの大砲を破壊するつもりだ。 「…じゃあ、お前一人で登る気なのか?」 大砲が設置されている丘を目前にして、緑葉が訊いた。 隼は頷く。反論を許さない表情で。 「…無理するなよ」 それだけしか、緑葉には言えなかった。 隼は“霧雨”を装備し終え、言った。 「行って来る」 「…ああ」 隼は一人、丘を登り始めた。 鋼の匂い。歩けば歩く程、濃くなる。 集中力を最大限にまで高めて、症状が露わになるのを押さえる。 ――これは、想像以上にキツい戦いかも知れない…。 頂上を前に、物影に身を潜める。 見張りが三人。 丘の三方向を窺っている。 中央に連絡用の鐘。 それを囲む形で篝火が四つ。 奥に目的の大砲が二基。 隼は、カチンと小さな音をたてて、霧雨の留め具を外した。 タイミングを測り、そして。 辺りが闇に包まれた。 篝火の炎が消えたのだ。 灰の中に燻る火だけが、足元を微かに照らしている。 霧雨が、篝火の台もろとも切り刻んだのだ。 見張り達は何が起こったのか解らず、一瞬呆然とした。 その、一瞬に、彼らは霧雨の餌食となった。 篝火の炎が再び燃え始める。 丘が燃える。 その中で、隼は炎と血を吸って、赤く染まっていた。 二つ目の破壊音が辺りに響き、待ち兼ねていた緑葉は即刻馬を飛ばした。 頂上に近付いて、目を見張る。 野原が炎に包まれている。 そんな気配など微塵も無かった。 耳を澄ましていて、破壊音しか聞こえなかったのに。 炎の中に隼は居た。 「――隼!」 極力静かに呼び掛ける。だが反応は無い。 動かねば、炎に飲み込まれる。 緑葉は意を決して、手綱から片手を離し、炎の中へ突っ込んだ。 間一髪、片手で隼の体を抱き上げ、炎から逃げる。 何とか自分と馬首の間に座らせた。 動かない。もたれ掛かってくる。 荒い呼吸だけが聞こえる。 「大丈夫か!?」 負担は相当の物だった様だ。 「ああ」と隼は応じた。出ているか出ていないかの声で。 「もう一基は俺も行くからな!…でも、お前、壊せるのか…?」 こんな状態で。 「心配するな」 漸く聞き取れるかどうかの声で隼は言い、瞼を閉じた。 “無茶言うな”と呟いて、緑葉は辺りを見回す。 蹄音が、複数聞こえた気がした。 ちらと、後方に目をやる。 ――追われている。 舌打ちをして、更に速度を上げる。 敵を巻く事も考えたが、行先は知れている。急ぐしかない。 「隼!着いたら即、壊せ!!」 馬は丘を駆け上がった。 馬上から緑葉が見張りを斬る。 真っ直ぐに大砲に近付く。 最も接近した時。 隼が霧雨を一閃させた。 鋼の大砲が、がらがらと音を響かせて崩れ去る。 緑葉はこのまま逃げ去ろうとして、速度を再び上げようとした。 だが。 耐え切れなくなった身体が、馬上から消えた。 ふわりと落ち、地面に叩き付けられる。 「――隼っ!!」 馬を急停止させ、止まるか止まらないかで自らも飛び降り、駆け寄った。 「馬鹿、お前はさっさと逃げろ…!」 血と共に言葉を吐く。 「出来るかよ!?最後まで見届けると言った筈だ!」 追手はそこまで来ている。 とにかく、隼を背負い、木立の中へ逃げ込んだ。 「いい。下ろせ」 そう深く入らないうちに隼は言う。 緑葉はその身体を、木に持たせ掛けてやった。 「どうする気だ!?」 「騒ぐな。俺の言う通りにしろ」 松明の灯りが自分達を囲み、じわじわと近付いてくる。 もう逃げ道は無い。 「どう…するんだ…?」 先程より語気を弱くして、再び問う。 「奴らの前で俺の首を取れ」 「はぁっ!?」 「偵察していたと言って天に戻れ。それで何とかなるだろう」 「お前、何考えて…」 言いかけて、はっと気付く。 「まさか、最初からそうするつもりで俺を…!?」 「だからお前にしか頼めなかった」 愕然として隼を見下ろす。 だらりと、木に預けられた身体。 「…本気で言ってるのか?」 「お前がやらないのなら、自分でやるぞ」 言って、自らの刀に手を伸ばす。 慌てて緑葉はその手を止めた。 「待て!!待てってば…頭を冷やせ!!」 「もう十分冷えてる。って言うか、それはこっちの台詞」 「……!」 「お前は捕虜だ。思い出せ」 緑葉は緑の目を見つめ、震える体で立ち上がった。 「所詮、敵同士って事か」 「……」 松明が迫る。人の姿も確認出来る程に。 震える手が、刀の柄を握った。 「それで、いい。ちゃんと斬ってくれよ?流石に半パ斬られて痛いのは嫌だからな」 微かな笑みすら浮かべて、隼は言った。 「馬鹿…言ってんじゃねぇよ」 すらりと、刃を抜く。 そして、誰にともなく叫んだ。 「俺もこのまま生きるのはゴメンだ!!俺の覚悟、見ろ!!」 隼は閉じていた目を見開いた。 敵の中に、刀一つ持って飛び込む緑葉が居た。 「…っとに、バカな奴…」 半苦笑して、自らもよろめきつつ立ち上がる。 刀を抜いた。 「もう、命の保証はしてやらねぇぞ」 「ハナっから必要としてねぇよ、そんなモン!!」 隼は笑った。 変な所を影響させてしまったらしい。 ――まぁ、いいか。 これが、俺達の生き方、そして死に方なら。 後悔する事も無いだろう。 二人だけの戦いは、文字通りの死闘だった。 傷だらけになりつつも、敵に向かっていく。 その先には生きる希望など無い。 それを裏付ける様に、敵は増える一方だった。 何の為に戦っているのか、それすらも判らず刀を振るい続ける。 ただ一つだけ。 “後悔する生き方はしたくない”――それだけが、二人を動かす理由。 数分が、永遠とも思える時間だった。 緑葉は軍の中でも実力的に抜きん出ていた訳ではない。 この数を相手にするには、無理がある。 それでも死に物狂いで戦い続ける。全身を自分の血と返り血に赤く染めながら。 隼も既に体力の限界を越えている身だ。動いている事が信じられない程。 当然、長くは持たない。 倒れる身体を、刀を杖にして膝を付き、踏み止どまる。 しかし、これ以上身体が言う事を聞かない。 外の全てが遠くなり、自分の呼吸音と心音だけが五感を支配する。 刃が迫る。 ――死ぬか。 「隼ッ――!」 緑葉が叫んだ。 一瞬が、途方も無く、長い。 ――これで、いい。これで終わるなら―― 黒鷹の顔が。 浮かんで、消えた。 ――ごめん、な。約束、守れなくて。 [*前へ][次へ#] [戻る] |