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RAPTORS


 縷紅は戦場が見渡せる丘に陣を張っていた。
 楜梛から受けた傷がある。戦う事は出来ない。
 戦いは始まっている。
 根が退いた事で反撃に出た天と、それに怯んではいけないと進軍した縷紅率いる地の軍。
 進軍は焦った決断だったかもしれないという彼自身の不安を、東軍の仲間達は掻き消してくれるような戦いぶりを見せていた。
「これは意外と…イケるかもな」
 隣の旦毘が嬉しそうに言う。
 それ程の善戦だ。
 根の撤退で戦力が半減した事に少なからず落ち込んでいた分、希望の見える戦いだった。
 そう、その時までは。
「あれは…」
 遠くに目をやった縷紅が、呟く。
「何?」
 視線の先は、天の陣。
 使いの者に望遠鏡を持たせ、覗く。
「…大砲…!」
「何!?」
 縷紅から手渡された望遠鏡を、旦毘も覗き込んだ。
 天の陣の周辺にある丘に、黒い鉄の塊が三体。
「急ぎ左翼の朋蔓に知らせを!全軍退却!!」
 縷紅は使いの者に叫ぶ。
 伝令が走り去る。
「縷紅…!」
「退却路を確保しましょう!!急いで!」
 旦毘は頷いて身を翻す。
 その時。
 耳をつんざく様な音が辺りに響いた。
「っ――!!」
 思わず両耳を塞ぐ。
 続いてもう二発、同じ音が響く。
 戦場にもうもうと上がる煙。
 死んだ様な静けさ。
「…遅かった…」
 愕然として縷紅が言った。
 引き付けられていたのだ。善戦に見せ掛けて。
「おい、行くぞ…皆退き始めている!」
 旦毘は最低限の荷物を準備して、他の兵と共に丘を降りようとしている。
 だが、縷紅は戦場を見つめたまま動かない。
「縷紅!」
 楜梛の声が蘇る。
 “物騒なモンを試そうってウワサだ――無駄に命を落とす事は無ぇ”
 ――“降伏しろと?”
 降伏…?
「おい!!縷紅!!」
 強く腕を引っ張られて、ようやく我に帰る。
「!!」
「退くぞ!!」
「まだです…!」
「何!?」
「砲撃は三発、今ので敵は全ての玉を使い切った。次の砲撃にはしばらく移れません。反撃するなら今しかない!」
「でも兵は反撃どころか混乱しちまってそれどころじゃない!!退却するのが先決だ!!」
「しかし」
「冷静になれよ!!」
「――!」
「お前らしくもねぇ。焦る気持ちは解るが、今は退かなきゃいけねぇ!!」
「……っ」
「行こう」
 旦毘に引っ張られるように丘を下り、軍と共に本陣へ帰還した。
 その間、縷紅は一言も口をきかなかった。
 半減された兵力。今この損失は絶望的だ。
 深夜、帰陣。
 何事も無く退却できたのは、不幸中の幸いだった。
 だが、一人残らず兵は憔悴しきっている。
 負傷者も少なくはない。
 彼らが救護されるのを虚ろな目で見届けて、縷紅は自分の天幕に入った。
 椅子に座る。
 考えるべき事、やるべき事が散在している――が、手を付ける事が出来ない。
 失敗。
 どう考えても責任は自分にある。
――何故もっと早く気付かなかった…
 敵の動きを掴めていれば…
 無意識に、きつくきつく手を握っている。
 指先が白くなり、爪が掌に食い込む。
――取り返しのつかない事をしてしまった。
 慎重に進めてきた駒が、一気に崩壊した。
「ここに居たのか」
 旦毘が入ってきた。
「探したぞ?救護班の指示に行っていたかと思えば、急に居なくなってんだもん」
 いつもと変わらぬ口調。
 それが逆に、痛みになる。
 目を合わせる事も出来ず、口を開く事も無い。
「…大丈夫…か?」
 流石に様子がおかしいと思ったのか、旦毘の口調が慎重なものに変わる。
「旦毘」
 やっと、重い口を開く。
「指揮を…朋蔓に代わって欲しいと、伝えて頂けませんか…?」
「叔父さんに?」
「今後一切の指揮を任せたいんです」
 …逃げだ。
 この責任から、重圧から、後悔から…逃げたいと。
 少し黙ってから旦毘が言った。
「それでいいのか?」
 表情を見る事が出来ない。
 怒っているだろうか…
「もう…やっていける気がしない…」
 滑り落ちた本音。
 疲れた。
 無力な自分に。
「解った。伝えてくる」
 意外な程あっさりと、旦毘は承諾した。
「だからもう、お前は休んでいいぞ?それで、前言撤回したくなったら戻って来い」
 返す言葉も無く、旦毘が去って行く音だけを聞いていた。




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