RAPTORS 7 縷紅は戦場が見渡せる丘に陣を張っていた。 楜梛から受けた傷がある。戦う事は出来ない。 戦いは始まっている。 根が退いた事で反撃に出た天と、それに怯んではいけないと進軍した縷紅率いる地の軍。 進軍は焦った決断だったかもしれないという彼自身の不安を、東軍の仲間達は掻き消してくれるような戦いぶりを見せていた。 「これは意外と…イケるかもな」 隣の旦毘が嬉しそうに言う。 それ程の善戦だ。 根の撤退で戦力が半減した事に少なからず落ち込んでいた分、希望の見える戦いだった。 そう、その時までは。 「あれは…」 遠くに目をやった縷紅が、呟く。 「何?」 視線の先は、天の陣。 使いの者に望遠鏡を持たせ、覗く。 「…大砲…!」 「何!?」 縷紅から手渡された望遠鏡を、旦毘も覗き込んだ。 天の陣の周辺にある丘に、黒い鉄の塊が三体。 「急ぎ左翼の朋蔓に知らせを!全軍退却!!」 縷紅は使いの者に叫ぶ。 伝令が走り去る。 「縷紅…!」 「退却路を確保しましょう!!急いで!」 旦毘は頷いて身を翻す。 その時。 耳をつんざく様な音が辺りに響いた。 「っ――!!」 思わず両耳を塞ぐ。 続いてもう二発、同じ音が響く。 戦場にもうもうと上がる煙。 死んだ様な静けさ。 「…遅かった…」 愕然として縷紅が言った。 引き付けられていたのだ。善戦に見せ掛けて。 「おい、行くぞ…皆退き始めている!」 旦毘は最低限の荷物を準備して、他の兵と共に丘を降りようとしている。 だが、縷紅は戦場を見つめたまま動かない。 「縷紅!」 楜梛の声が蘇る。 “物騒なモンを試そうってウワサだ――無駄に命を落とす事は無ぇ” ――“降伏しろと?” 降伏…? 「おい!!縷紅!!」 強く腕を引っ張られて、ようやく我に帰る。 「!!」 「退くぞ!!」 「まだです…!」 「何!?」 「砲撃は三発、今ので敵は全ての玉を使い切った。次の砲撃にはしばらく移れません。反撃するなら今しかない!」 「でも兵は反撃どころか混乱しちまってそれどころじゃない!!退却するのが先決だ!!」 「しかし」 「冷静になれよ!!」 「――!」 「お前らしくもねぇ。焦る気持ちは解るが、今は退かなきゃいけねぇ!!」 「……っ」 「行こう」 旦毘に引っ張られるように丘を下り、軍と共に本陣へ帰還した。 その間、縷紅は一言も口をきかなかった。 半減された兵力。今この損失は絶望的だ。 深夜、帰陣。 何事も無く退却できたのは、不幸中の幸いだった。 だが、一人残らず兵は憔悴しきっている。 負傷者も少なくはない。 彼らが救護されるのを虚ろな目で見届けて、縷紅は自分の天幕に入った。 椅子に座る。 考えるべき事、やるべき事が散在している――が、手を付ける事が出来ない。 失敗。 どう考えても責任は自分にある。 ――何故もっと早く気付かなかった… 敵の動きを掴めていれば… 無意識に、きつくきつく手を握っている。 指先が白くなり、爪が掌に食い込む。 ――取り返しのつかない事をしてしまった。 慎重に進めてきた駒が、一気に崩壊した。 「ここに居たのか」 旦毘が入ってきた。 「探したぞ?救護班の指示に行っていたかと思えば、急に居なくなってんだもん」 いつもと変わらぬ口調。 それが逆に、痛みになる。 目を合わせる事も出来ず、口を開く事も無い。 「…大丈夫…か?」 流石に様子がおかしいと思ったのか、旦毘の口調が慎重なものに変わる。 「旦毘」 やっと、重い口を開く。 「指揮を…朋蔓に代わって欲しいと、伝えて頂けませんか…?」 「叔父さんに?」 「今後一切の指揮を任せたいんです」 …逃げだ。 この責任から、重圧から、後悔から…逃げたいと。 少し黙ってから旦毘が言った。 「それでいいのか?」 表情を見る事が出来ない。 怒っているだろうか… 「もう…やっていける気がしない…」 滑り落ちた本音。 疲れた。 無力な自分に。 「解った。伝えてくる」 意外な程あっさりと、旦毘は承諾した。 「だからもう、お前は休んでいいぞ?それで、前言撤回したくなったら戻って来い」 返す言葉も無く、旦毘が去って行く音だけを聞いていた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |