猫の手








淡い眸の色、
涼やかで切れ長な目元
やはり印象的なのは眼だろうか。
でも、針金のようでいて絹のように滑らかな細い髪もまた。

「先輩、決りました?」

華奢な線が一際表れている細い手首に、

「やっぱり・・・手、かしらね・・・」

「先輩?」

「ああ、ごめんなさいね。なぁに?」

自分の思考に籠っていたらしく、かかる声に顔を上げる。

「いや、決りました?」

「そうねぇ、この色にしようかしら」

そう言って猫目石を一つ手に取る。

「緑、ですか・・・?」

「ええ」

眸の色でもよかったけれど、若草の中で映えた姿が出逢いの始めだったから。
自分の決定に満足げに微笑する。
彼の眼差しを連想させる石に籠められた若草の結晶、細い鎖はきっとあの細い首によく合うはずだ。

家に着くと、縁側で暮れゆく夕陽を眺める背が陰っていた。
濃い黒と赤付く橙のコントラストが眼に目映い。一度、そっと眼を細めてから縁側に寄る。
傍に屈んでも、その背は振り向かず沈む陽に注がれる。陽が落ちきって、紺の世界が訪れてから声をかける。

「今日のお別れは済んだ?」

静かに鋭利だが険の無い眸がこちらに向く。その鏡に自分の姿が映ったのを認めてからやわらかく微笑む。

「それとも、またねって約束してたのかしら?」

「・・・・・・帰ったのか」

今気付いた訳でもないだろうに、返答ではなくそう呟きが返った。

「ええ、ただいま」

「・・・・・・・・・」

じっと傍目には睨んでいるように眼差しを当てられてから、結局何も言わずに視線を逸らされた。
何気なく、鞄から取り出したモノを背けた相手の手首に巻き付ける。

「うん」

手を放して、一人肯いた。
腕を持ち上げて巻き付けられたモノを確認してから怪訝に問われる。

「・・・・・・何だ」

「似合うと思って買ってきたの」

思った通りよく似合う、と笑うと眼を眇められた。

「何のつもりだ・・・」

「あら、飼い猫には首輪を着けなきゃならないのよ?」

自分のおどけた科白をマトモに受け取って寄る眉間に喉を鳴らす。

「ふふ、単にあげたかったからよ。似合うと思ったから、それだけ」

単なる衝動、と言う理由が一番理解し難いらしくどんどん難しい表情になった。

「このような物で我を縛るつもりか」

「あら、そんな簡単に縛られてくれるの?」

否定でなく問いで返すと押し黙られる。
こうして問い返すと困るのを知っている。不器用な彼には難解な問い、答が解っても口にするはずのないこと。
可笑しくて治まらない喉を落ち着けながら、訊く。

「嫌だったかしら?」

答えられない沈黙が返る。

「気に入らなかった?」

「・・・どうと、でもない」

ようやく返った答に満足する。

「そう」

それはよかった。

「食事用意するわね。それとも、先にコーヒー淹れましょうか」

すっと立ち上がってキッチンに向かうため踵を返した。

「古館」

そこにかかった声に呼び止められる。
振り返ると月影を背に負った猫の目があった。
月の冴やかな夜の方が彼には似合うと言ったら、怒るだろうか。

「なぁに?」

「貴・・・、お前はどうしてそう我に問いばかりをする?」

何故、問うのか。
そんなこと簡単だ。

「貴方のコトが知りたいからよ」

決まっているでしょう?、と言ったら僅かに驚いたように小さく瞠目された。

今は解らなくてもいい。

声を聞いて
言葉を聞いて
気持を聞いて

そうしていつか解ればいい。

楽しみは後に取って置くものだ。










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あきゅろす。
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