カタリ、と隣の椅子が引かれる。 「ここ、いいかしら?」 育ちの良さが判る品のある声音が涼やかに鳴る。 その仕草につい見惚れてから、ワンテンポ遅れて驚く。 「先輩! 先輩もこの講義取ってたんですか・・・!?」 「ええ。日向君全然気付かないんだもの、私そんなに影薄いかしら・・・」 ふぅ、と切なげに洩らされるため息に日向は狼狽する。 「いえ、そんなっ; 俺が鈍いつぅか、いっつも寝てるから気付かなかっただけで決して先輩が影薄いんじゃなく・・・っっ」 必死に弁解する後輩の様子に古館は小さく笑う。 「クスクス、居眠りするなんて案外不真面目なのね。日向君」 悲しんでいる様子もなく、むしろ愉しそうな古館に日向は目を丸くし、がっくりと脱力する。 「先輩ぃ、からかわないでくださいよ〜・・・」 冗談など言うように見えないから本気で焦った。 さほど散らかってないが手早くノート類をまとめて机を少し空ける。どうぞ、と言うと柔和な微笑で古館は礼を言って腰を下ろした。 何気ない普段の所作自体が綺麗な女(ヒト)だと、日向は感心した。 「それにしても、先輩何でこんな授業取ったんですか?」 この講義は端的に言えば石の講義だ。宝石から大理石、岩石に至るまでありとあらゆる石について講釈される。ちなみに日向が取ったのは、別の先輩に出席するだけで単位がもらえると教えてもらったからだ。 古館は読めない笑みで答えた。 「だって、面白そうでしょう?」 「はぁ・・・」 ただ頷くしかなかった。内容が変わっていると言う意味であれば確かにそうかもしれない。 「あ。この色、ウチのコと一緒だわ」 おもむろに開いた教科書のページにはパワーストーンなどの色とりどりの写真があった。磨き上げられた指先が差したのはキャッツアイの一つだった。その名の通り猫の目にソックリな石だ。 「へぇ、先輩のトコのコ、そんな色してんですか」 「ええ、全体的に色素が薄いみたいでね。日向君のところは?」 「え、うーん・・・どっちかっつぅと生意気そうな目付きの方で覚えているから・・・、たしかこんな色だったじゃなかったかな?」 古館が指したのとは別のキャッツアイを指す。 「鳶色なんて綺麗ね。きっと凛々しい気品あるコなんでしょうね」 「え゛; んな、まさか。血統書付きではあるけど気品のカケラもねぇっすよ? 毛もツヤないし。先輩のトコはいかにもそんな感じそうっすね」 きっとチェシャ猫やペルシャ猫のような高級感ある感じなのだろう。 「そうねぇ・・・血筋も育ちもいいみたいだけど、迷ってきたコだから」 「え、先輩が買ったんじゃなくて?」 「そう。ある日帰ったら庭に迷い込んで来たの」 あの夜のコトはよく覚えている。 遅くなった帰り、リビングの電気を付けようとしたらあまりにも明るい月の光に惹かれて庭先に眼を向けた。 そこに萌える緑に溶け込むように、いや月光をまるで己が光かのように纏って静やかに立っていた。 凪のような存在であるのに風景に溶けるどころか闇夜の中際立っていた。 「髪とかが光っていてね、すごくく幻想的で月の妖精みたいだったの」 「そうなんですか、素敵ですね」 嬉しそうに語る様子に日向は目を細める。 「『飼われる』タイプのコじゃないから、どちらかと言うと同居人に近いわね」 「いいですね、家族みたいで。俺のトコは『飼われる』どころか『飼わせる』って感じっすよ?;」 押し売りより性質が悪いとげんなりする日向を見て、古館もまた表情を綻ばせる。 「ワガママなのは愛情表現の内よ」 「そうっすか・・・?;;」 「そうよ。ウチのコは物静かで何も言ってこないもの。やっぱり実家が恋しいんでしょうね」 「そうっすか? 迷い猫なのにずっと先輩のトコにいんなら、そのコ先輩が好きなんですよ」 「そう・・・かしら」 「そうですよ」 日向の肯きに古館は安堵を覚え、そっと微笑する。 「ありがとう」 飼い猫の大好きな太陽の言うコトなら、信用してもいいかもしれない。 「ね、日向君。この後付き合ってくれない?」 「いいっすけど、何ですか?」 「ウチのコにプレゼント買おうと思って」 自分のトコロへやって来てくれた感謝を込めて。 貴方の色をした猫目石を贈ろう。 |