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天使の羽跡
15
 雪との思い出が、走馬灯のように頭の中を駆け巡る。

 初めて出逢った日。
 二人で飲んだ涌き水。
 可愛いと思った瞬間。
 精一杯の強がり。
 消えてしまいそうな雪。

 過去から現在までを辿ってきた記憶が、目の前の情景と一致した時、頭の中に風が吹き抜けた気がした。
 それはただの直感で、もしかしたら何の意味も成さないかもしれない。
 でも、僅かな可能性に賭けてみたかった。


 一つの影が弧を描く。大きな音と、大きな水しぶき。
 僕は服を着たまま、プールに飛び込んだ。

「え…、さと…?」
「っは!」

 僕が水面に顔を出すと、雪はプールのふちに座り込んで、身を乗り出していた。

「何してるの!?」

 雪は心底驚いているようだが、そんなことは気にしない。
 これは最後の悪あがき。プールサイドの雪に、恐る恐る手を伸ばす。

「やっと…。」
「え…?」

 ずっと触れてみたかったその頬は、想像通りの肌触りだった。

「さわれるの…?なんで…。」

 雪は呆然と、頬に触れている僕の右手を握った。

「水。」
「みず…?」
「雪、水には触れてたから、もしかしてと思って。」

 僕が微笑むと、雪も新たな涙を流しながら微笑み返してくれた。

「聡の手、あったかい…。」
「雪…。」

 パシャン。水が、跳ねた。
 瞼の向こうの雪は、どんな顔をしているのだろう。震えているのは自分の唇か、それとも雪の。
 どちらでもいい。

「好きだ。」

 鼻先が触れそうな距離。僕はそのまま雪を抱きしめた。
 数秒置いて、雪の腕を背中に感じる。

「ありがと…。それから、ごめんね。」

 暖かい水滴が、肩に落ちる。雪は両手で僕の肩を押し、ゆっくりと立ち上がった。
 雪の体が金色の光に包まれていく。

「雪…?」
「この世への未練、いつの間にか、彼から聡になってたみたい。この一週間、聡と過ごせて本当によかった。」

 話しているうちにも、雪の周りの神秘的な光は強くなる。

「雪!待って…!」
「本当にありがとう。私もね、聡のこと…」

 言い終わらないうちに、雪の姿は光となって空に消えた。
 その瞬間の残像が、瞼の裏に焼き付いて離れない。
 金色の優しい光は、まるで雪そのもので、彼女の背中に天使の羽さえ見えたんだ…。






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あきゅろす。
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