天使の羽跡
16
「大川、どうせこのあと暇だろ?すんっげえ可愛い娘が来るらしいんだよ。」
「勝手に暇だと決めつけるなよ。今日は行く所があるんだ。」
僕が今日も白石とつるんでいるのは、経済的な理由から大学に進むのが困難だったために、偶然にも白石と同じ会社に就職が決まったからだ。
しかし腐れ縁という仲は、変に気を使うこともなく、一緒にいても疲れない。
「でな、場所が俺らの高校のすぐ近くなんだよ。久しぶりに寄ってみねぇか?」
「勝手に話を進めるな。…行くよ。」
「よっしゃ!」
久しぶりどころか、毎年通っている。
定時に仕事を終わらせ、電車に乗って駅からは徒歩。
今年もこの日がやってきた。
「懐かしいなぁ。」
「…ああ。」
「しかしあの時は驚いたよ。」
「あの時?」
「おまえ、授業中いきなり飛び出してっちまってよ、放課後びしょ濡れで帰って来んだもんよ。着衣水泳でもしてたのか?」
「いや…」
「あの時もそう言ってたよな。」
あの日、陸に上がろうとしても体がやけに重くて、一日中、水の浮力に支えられていた。
体育がなくて助かったと、考えた記憶がある。
「白石、先に行っておいてくれないか。寄る所があるんだ。」
「はあ〜?ここまで来といて、バックレるつもりか?観念しろよ。」
今日は特別な日。
途中にある花屋で、小さめの花束を購入する。
「あん?なんだおまえ、やらしいなあ。気に入った娘にプレゼントでもすんのか?」
白石は僕の手元を覗き込んだ。
気に入った娘にプレゼントというのは、あながち間違っていないなと考え、僕は小さく笑った。
「少し遅れて行くよ。前にも一度行ったことのある、あの店だろう?」
「そうだけど…わかったよ。絶対来んだぞ!」
僕は白石と別れ、高校の裏側へ向かった。
今日は、雪が空に消えた日。それと同時に、雪の命日だ。
夏の昼は長いもので、太陽はまだ西にいてくれる。
毎年歩いた道を登るのに苦はない。
あの頃より長くなった僕のコンパスは、少しの時間で僕を目的地へと導いた。
花束の包装紙を開き、中の花だけを、苔の生えた岩の横に添えた。
「雪、久しぶり。それと、ごめん。まだ墓参りする勇気がなくて。」
空に、囁く。
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