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impatient


「本当に悪かった。傷付けるつもりじゃなかったんだ。ただ、君の笑顔が見たかった。」

本音だった。

初めはただの馴れ馴れしいメイド。何度か顔を合わせ言葉を交わすうちに謎が増え、真実を知らされて興味が大きくなった。

俄には信じられない事実だったが、今までに得たことのない感情を、頭のどこか――これを人は心と呼ぶのだろうか――で僅かに認識していた。

彼女や周り人間の言動の謎が解けても、胸の内のもやついた何かが解決しない。これは俺の欠けた記憶と関係しているのだろう。現に今だって、俺は何故こんなにも落ち着かない。


「頼む。泣き止んでくれないか。君の涙を見ると、とても苦しくなるんだ。」
「そんなの、勝手です。」
「ああ、そうだな。」

鼻をすする音がこもる。


「なあ、紗奈。」

胸元で感じていた、荒れた熱い息は徐々に落ち着いてきた。

体を僅かに離すと、紗奈はスンと音をさせて顔の下半分を隠しながら、赤い目で見上げてきた。

話を聞いてくれることを確認し、内心ホッと息をつく。

乱れた前髪をサラリと撫で、息を吸った。


「新しくやり直せないだろうか?」
「え……?」
「きっと辛い思いをさせるだろうが、君を手放したくない。」
「そんな…「勝手だろう?」

先程の紗奈の台詞を拝借して先回りすると、紗奈は肯定も否定もしない。

「だが、どうか少し思いとどまって欲しい。紗奈の心の準備ができるまで何もしない。勿論、それで他の女に走ることもしない。だから俺を……今の俺を、」

好きになって欲しい。

そう思ったが、そのまま言葉にするには女々しすぎて、これ以上醜態を晒してよいものか、詰まる。


「……猶予をくれないか。今はまだ出会ったばかりと同じだ。」

俺にとっては勿論、きっと君にとっても。

「難しい、だろうか。」


彼女の返答が予測できない。

一度は結婚の約束をするほど愛し合ったはずの仲だが、それは俺と外側が同じだけの人間だ。
今も彼女の足元には、荷造りされたバッグが進路を分かつべく落とされている。

けれど彼女の瞳は、俺の中の何かを探すように、或いは見定めるように、じっと瞳の奥を見つめている。


やがて彼女は目線を落とすと、大きなバッグを手に持った。

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