新月を追って 10 でもなんだかんだで楽しいと思っていたそんな時 「じゅーん!」 聞きなれた声が背後から聞こえる。それだけで誰だかわかってしまった敦志は凍りついたように立ち止まってしまった。それでも足音は止まずに近づいてきて、フェンスに掴みかかる音と共に止まった 「潤っ待てって」 「なんだ、直哉さんか」 「なんだって……」 振り返った千田は残念そうに直哉を見やり溜め息を吐いた。直哉はそんな千田のリアクションに悲しいような呆れたような表情で笑ったあと、敦志に気付いたのだろう、息を飲んだ。 途端に停止ボタンを押したように会話のなくなる空間 「……中西も帰るのか」 「そそっ腰痛仲間」 質問の様な独り言の様な直哉の呟きに敦志は唇を開くのを躊躇って戦慄かせる。言いたい、返事をしたい、たった一言なのに焦る心とは裏腹に唇は音を紬だせない。悲しくなって俯きかける敦志の肩を急に千田が抱き寄せた。驚いて視線を上げると直哉はそうか、と笑顔を浮かべた。 返事が出来なかったことなど忘れて嬉しくなった。けれど直ぐにそれが千田に向けられたものだと気付いて胸が締め付けられ、再び俯いてしまった けれど二人は気付かない [*前へ][次へ#] [戻る] |