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新月を追って
10
 一方、依月は汚れた廊下を水拭きして痕跡を消していった。点々と落ちる白濁に微かに残る行為の匂い、それに脳裏に焼きついた敦志の淫らな姿を思い出しトイレに篭って自らを慰めた。
 欲望を解放した清々しさに満足げに溜め息を吐いてトイレから出ても浴室からは物音ひとつしなかった。
 長いなと思い、覗くわけではない、心配しているだけと言い聞かせながら依月は脱衣所の戸を開けた。そして曇り硝子のドアの向こうにいるはずの敦志に声をかけた

「中西? 大丈夫?……中西!?」

 返事が無いことに依月は我を忘れて硝子戸を開けた。お湯から上がる湯気が浴室内にたちこめて、足を踏み込むと濡れたタイルが冷たかった
 敦志は浴槽のふちに頭を預けて気を失っていた。助けようと咄嗟に身体を動かしたがそれもすぐさま指が止まってしまった。
 うっすら開いた唇、お湯の温度のせいか、ほんのり赤らんだ身体、頬……それは明らかな男の体なのに依月は再び自らが欲情し硬くなったことに顔を顰めた

『中西が俺を好きになってくれるまで抱かない』
 綺麗事を言ったって渇望している。抱きたい、繋がりたい…自分が善がらせたい
 けれど自らかした禁を破ればそれが最後だ

―――中西は、俺を……好きにはならない



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