縋ると戻る 10
『佐助さん』
名前を聞いただけで、体温が一気に上がった。
高鳴る鼓動。
情けない現状は隠しておきたい。
けれど今すぐに縋りたい弱さ。
部下との疑わしい動向。
邪魔者はどっち………?
不安、希望、矛盾、葛藤
様々な感情が一気に駆け巡った…………
「もしもし…………えぇ、無事着きましたよ」
「……………ッ」
通話が始まり、政宗は乱れた呼吸音が聞かれないよう必死に堪えた。
「ナビあるんだからちゃんと着きますって〜………で、どうかしましたか?」
政宗が心配で電話をしてきてると分かっているのに、慶次は白をきった。
「え?政宗さん?………近くにいるんで代わりますか?」
「ッ!?」
政宗は肩を引き戻されて半分仰向けの格好になり、左目を見開き絶句する。
きっと今、声を聞いてしまったら涙が溢れると思った。
そんなことになったら佐助は飛んでくるだろう。
そして、慶次が何をしようとしていたのか知ってしまったら、身元不明の死体がどこかで見付かることになるかもしれない。
そうなってしまう程に愛されていると信じていたかった…………
しかし、信じたいのに疑惑の晴れない慶次の存在………
「ちょっと待って下さいねー…………」
「…………ッ!」
差し出された携帯に、政宗は唇を噛み締めながら首を横に振ることしか出来なかった。
「…………何か、今は話したくないみたいですよ?」
慶次は勝ち誇ったように笑い、政宗を見下ろした。
「えぇ………はい………」
『佐助さん』
政宗は、瞳を強く閉じて胸の内で何度も何度も愛しい人の名を悲痛の叫びとして呼んだ。
「はい………伝えておきます…………はい、すぐ帰りますから待ってて下さいねー、はーい…………」
慶次の軽い声色に政宗は胸が締め付けられる想いをした。
パタン────
「ッ………ハァ………ハァ……」
携帯の閉じる音と同時に、政宗は酸素を取り入れようと荒い呼吸をした。
「………幸村からの伝言だって………」
「…………」
「2日くらいはゆっくりしてろってさ」
虚ろな眼差しの政宗を見下ろしながら慶次は立ち上がった。
「アンタがいつ組に入って佐助さんとどんな風に過ごしてたかなんて知らないけど、所詮過去は過去、今は今だ」
慶次は佐助の声を聞いて冷静を取り戻したが、瞳の奥には嫉妬の炎が揺らめいている。
「いつもなら人の恋路は後押しするけど、こればっかりは譲れねぇ………」
「……………」
「………それじゃあ俺は佐助さんトコに帰るよ………」
『さっさと戻って来い』
電話口に言われた言葉。
政宗と2人きりにしておきたくないという意味なのだが、
『居場所』が佐助の隣りであることに慶次は顔が綻ぶ。
「…………そうだ…………」
ドアノブに手を掛けて思い出し、政宗をもう一度見る。
「撃たれたってのは単なる噂話じゃなかったんだな………」
脇腹にある傷痕は事実を物語る。
けれどそれも過去…………
バタン──────
重い扉が閉まり、訪れる静寂。
聞こえるのは、己の鼓動と乱れた呼吸。
「…………今は今………」
組に戻るという一歩は進んだけれど
まだ『今』という時間は動き出していない。
過去に縋って、過去に捉われて………
変わっていないのは自分だけ………?
近くにいるからこそ余計に隔たりが大きく感じられた。
ここまで来たのに貴方が遠い───────
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