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兄のような
「……賢!ここもわからねぇ!」

もう何度目かわからない、大輔君の助けを呼ぶ声。

「ここはさっき教えなかったか?」

言いながらも、一乗寺君は丁寧に教え始める。

──面倒見が良いんだから

それを見たヒカリちゃんが口を開いた。

「大輔くん、もう少しよ。頑張って」

──算数は、ね

「まっかせて!こんなもん、すぐに終わらせてやるぜ!」

僕の心の声も知らず、ガゼンやる気になる大輔君。

──わかりやすいんだから

向かい側にいる一乗寺君も同じことを思ったみたいで、呆れたように肩を上下させた。

大輔君はわかりやすい。

けど、ヒカリちゃんは大輔君の気持ちに気付いてるんだろうか?

──気付いてる気がするけど、わかってない気もする

そう思ってチラリと彼女を見た。

「・・・!」

──笑ってる・・・

大輔君を見つめるヒカリちゃんの瞳は、とても優しくて……。

僕には向けたことのない、その微笑みに、目を反らせなくなる。

チクリ、と胸を何かで刺されたような感覚。

──ヒカリちゃん、もしかして大輔君のことを・・・?

大輔君も一乗寺君も、集中しはじめたのか、ヒカリちゃんの視線には気付いてない。

「?……タケルくん、どうかした?」

思考の海に落ちかけたとき、ヒカリちゃんの声が聞こえた。

どうやら自分で思っていた以上に、彼女を見つめてしまっていたらしい。

悪いことをした訳じゃないのに、ヒカリちゃんの不思議そうな視線が妙に痛い。

「何でもないよ。ただ、大輔君のこと良く見てるなぁって」

うまく笑えたと思う。

大輔君のことを聞いたのは失敗かもしれないけど。

「あぁ、大輔くんを見てたっていうか……」

僕の疑問は、彼女にとっては何でもないらしい、ごく自然に答えを返した。

「なんか、一乗寺くんがいることが自然だなぁ、って思ったの」

彼女の視線の先には大輔君と一乗寺君。

──そっか、大輔君だけを見てたんじゃないんだ

心の何処かで安心したのが自分でもわかった。

「ほら、一年前は私たち戦ってたでしょ?」

そういえばそうだ。

『カイザー』との戦いはちょうど一年前の今頃。

あの時はまさか、彼がこちら側でこんな風に笑っているなんて思わなかった。

──彼のことを思い切り殴ったのが一年前、か・・・

あの時は本気で彼に腹が立った。

正直に言うと、あの時の彼は『最低』な人間だと思ったんだ。

「二人とも、どうかしたの?」

こちらの視線に気付いた一乗寺君が問いかけたけど、『何でもないよ』とヒカリちゃんと二人で返すと、不思議そうな顔のまま、大輔君の手伝いに戻った。

今の彼は『最低』とはほど遠い。

きっと一乗寺君を変えたのは大輔君だ。

『カイザー』に対する怒りを隠そうともしない彼が、一番に『一乗寺賢』を許した。

大輔君はきっと、最初から彼と『対等』な位置にいたんだと思う。

だから彼が間違いを理解した時、それ以上彼を責めようとしなかった。

まるで罪人を裁く立場に立ったかのような僕ら。

だけど大輔君は違った。

すぐには無理かもしれないけど、誠意を見せればきっと許してもらえる。

俺が謝る機会を作るから、と。

お互いに避けていた僕らを引き合わせて、理解させようとしたんだ。

一乗寺君の殻を、外側から無理やりぶち壊して。

「それとね」

不意にヒカリちゃんが口を開いた。

「お兄ちゃんに似てるな、って。お兄ちゃんもよく、夏休みの終わりに宿題やってたから」

「太一さんに?」

──夏休みの終わりに溜め込んだ宿題をやり続ける太一さん……

容易に想像できて、思わず苦笑する。

それと同時に複雑な気分になった。

太一さんと大輔君は確かに似ている。

勇気の紋章を受け継ぎ、サッカーが好きで、太一さんのゴーグルまで譲り受けた彼。

初めて見たとき、太一さんかと思ったのは気のせいじゃなかった。

今ならはっきりわかる、内面が似てるんだ。

さっきヒカリちゃんがあんなに優しい瞳をしていたのは、きっとそのせいで。

それは、彼女の中でまだ太一さんが大きなウェイトをしめているということ。

「ヒカリちゃん。あの…」

バーン!!

僕の言葉を遮って机を叩いた音が響いた。

驚いて音の出所を探すと、ちょうど大輔君が机に突っ伏したところだった。

「やぁっと終わったぜぇ……」

心底疲れた様子のその顔を見て、三人一緒に笑った。

「ちょっと休憩しようか?大輔君も限界みたいだし、僕もけっこう疲れたよ」

なんだか今日はヒカリちゃんに振り回されてる気がした。

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