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小説 3
阿部君の10年計画・10
 オレの大学野球の集大成、になる、4年の秋の秋季リーグ。
 リーグ中にドラフト会議も予定されてるけど、野球はチームプレーだし。チームのコトを考えながら、1勝1勝あげて行くぞ、って阿部君とも話してた。
 けど、そのリーグ直前、8月の終わりに、突然じーちゃんから送られて来たんだ。見合い写真!
 しかも、写真を見てびっくり。相手は、あのしつこく通って来てた女の子だったんだ。
 写真の彼女は晴れ着を着て、お化粧して、恥ずかしそうに笑ってる。
 なんで? もう1年以上経ってるのに。諦めてくれたんじゃなかったの!?
 音沙汰がなかったから、すっかり油断してた。

「お、オレ、断る!」
 すぐに家に電話したら、お父さんはまた『そう言うなよー』って言った。
『お前が女の子に免疫なさそうだから、じーさんも心配してるんだよー。プロになったら、変な子が寄って来るんじゃないかってさー』
「へ、変って。あ……」
 あの子の方が、変な子だよ……って、ちょっと言いかけたけどやめた。
 瑠里が、うまく断ってくれたんじゃなかったのかな? まだ諦めてなかったのかな?

「と、にかく、オレ、見合いしない」
 お父さんは『えー?』って言ってたけど、一方的に電話を切った。
 お父さんじゃ話にならない。だって、割とじーちゃんの味方しがちだし。昔、色々勝手した反動なのかも知れないけど。
 もう即行で見合い写真も送り返して、「オレは見合いなんてしないから」って手紙も付けた。
 でも、じいちゃんは諦めなかった。今度はその子の写真も含め、3枚送って来たんだ。

 ――将来が決まっていれば、フラフラと惑わされることもなく、しっかり己の道を究められる。結婚は後でもいいが、婚約は早い方がいい。
 じーちゃんからは、そんな手紙が添えられてた。
 勿論、即行で速達で送り返したよ。女の子に興味ないから、絶対に惑わされません、って手紙も付けた。

 でも、じーちゃんは、ホント諦め悪い人だった。大学の寮にまで、押しかけて来たんだ。

「う、うええ、じーちゃんが?」
 寮監さんから面会の人が来てるよ、って聞いて、すっごく慌てた。
 だって、事前に電話も何もなかったし。
「まあ、連絡あったら、逃げるって思われたんだろうな」
 阿部君はため息をついて、でも、「大丈夫だ」ってニヤッと笑った。
「オレも一緒に会ってやる」
 って。

 う、ど、どうするのかな。
 まさか、カミングアウトしちゃうのかな?
 でも、阿部君、機嫌いい。阿部君が機嫌いいと、オレ、すっごく安心できるんだ。
「大丈夫、オレに任せとけ」
 阿部君は、オレにちゅっとキスして頭を撫でてくれた。
 うお、阿部君、全然緊張してないぞ。じーちゃん怖いのに。
 やっぱり阿部君はスゴイなぁ。


 じーちゃんは、寮の食堂で待っていた。
 手には、風呂敷包みを持ってる。送り返した見合い写真……にしては、ちょっと分厚い。
 何だろう、と思いながら近付くと、じーちゃんがゆっくりと包みを解いた。
 内心、ぎゃーって叫びそうだった。
 だって、お見合い写真らしきのが、10枚くらい束になってたんだ。
 あの子がダメならこの子、とか、言うつもりなのかな? もういい加減にして欲しいなぁ。

 オレの気持ちはともかく、じーちゃんは不機嫌そうだった。オレの顔見て、ニコリともしない。
「廉、座りなさい」
 そう言って、自分の真横の椅子をパンと叩く。
 えええ、そこに座れって? それは勘弁して欲しい。
 オレは、言われた椅子より一つ手前のトコに座った。阿部君は、オレの真横にまっすぐ立ってる。

「キミは何だね? 関係ない者は下がっていなさい」
 教育者らしい命令の仕方で、じーちゃんが阿部君に言った。
 でも、阿部君はまるで怯まなかった。
「初めまして、廉君にはいつもお世話になっております。バッテリーを一緒に組ませて頂いております、阿部隆也と申します」
 そう丁寧に自己紹介して、にっこりと笑った。

「先日、廉君に紹介された女性、本当に良いお相手だと思われますか?」
「思わなければ紹介はしない」
 阿部君の問いに、じーちゃんは厳しい声で答えた。
 オレはひぃって思ったけど、阿部君は逆に、ニヤッと笑った。

「これでもですか?」

 そう言って。
 抱えてた大きな茶封筒を逆さにし、中身をドサドサとテーブルに出した。

「な、何の写真?」
 オレは訊きながら、1枚手に取った。
「見りゃ分かるさ」
 くっくっ、と喉を鳴らして笑う阿部君、すごく機嫌良さそうだ。
 じーちゃんもしかめっ面のままで、面倒そうに写真に手を伸ばした。
 そして……。
「うっ」
 と、一言うなった。

 その山のような写真は全部、見合い相手の子の写真だったんだ。
 写真には日付が入ってる。
 お母さんに連れられて球場に来た頃から、ベンチに押しかけて来た春季リーグ。
 びっくりしたけど、夏も秋も、顔を見せなかっただけで、あの子は近くまで来てたんだって分かった。
 全部写真に写ってた。
 観客席から、オペラグラスで覗いてる様子。物陰に潜んでる様子。遠くからオレの方を見てる様子……!

「ス……」

「まるでストーカーですよね」
 オレが呑み込んだ言葉を、阿部君はちゅうちょなく言った。
「付きまとい行動も、ここまで来ると、好きとか大ファンとかの範疇を超えます。廉君の野球にも、影響を及ぼしかねません。これでもまだ良縁が必要だと?」


 オレ、じーちゃんが反論もできないでいるの、初めて見た。
 ハラハラしたけど、あっさりと見合い写真の束、引っ込めてくれてほっとした。
 すごいなぁ。やっぱり阿部君は、頼りになる。

「廉君がプロに入り、1軍で投げるその日まで、オレが責任を持って、廉君をお守りします。素性のハッキリしない女など、決して近付けさせませんので、お任せ下さい」

 阿部君は、じーちゃんにそうキッパリと言い切った。
 じーちゃんは「うぬぅ」とかうなってたけど、やっぱり反論できないみたいで、取り敢えず群馬に帰ってくれた。
 帰り際、見送ろうとしたオレに、じーちゃんはちょっとだけ笑って、こう言った。

「阿部君とか言ったか。あの青年は、大事にするんだぞ」
「う、お」
 そんなコト言ってくれると思わなかったから、びっくりした。そうか、じーちゃんも阿部君のすごさ、分かってくれたんだね。
 じーちゃんにこんな風に言わせるなんて。やっぱり阿部君はスゴイなぁ。

 オレは勿論、元気に「うん!」と返事した。

(続く)

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