小説 3
阿部君の10年計画・8
登板試合も、そうでない試合も。とにかく、オレがベンチに入ってる試合全部に、彼女は来た。
一人で来ることもあったけど、何試合かは、オレのお母さんと一緒だった。
お母さんは、騒がしく声援をくれるからすぐ分かるんだけど……彼女はいつも黙ったまま、手を振ったりとかのアピールもない。まあ、振られても困る、けど。
とにかく、不気味だった。
お母さんが助言したのか知らないけど、ベンチに差し入れまで持って来るようになって、ドン引きだった。
その子の不気味さが分かるのか、オレがドン引いてるのが分かるのか、ホントにオレの彼女、とか誤解はされてないのが救いだった。
でも、やっぱりからかわれる、よね。
「三橋ー、カノジョが来たぞー」
とか。いつも、「違います!」って言い返してる、けど。
今のとこ阿部君は……何も言わない。
でも、逆にオレは不安だ。だって、いつ「じゃあ、あの女と付き合えば」って、捨てられるか分からない。
どうやってオレの出る試合を知ったのかと思ったら、お母さんが教えたって。お母さんは、うちの監督に訊いたって。
監督から苦笑交じりに聞かされた時は、真っ赤になっちゃうくらい恥ずかしかった。
「オヤ公認のカノジョか〜?」
とか、皆にもからかわれるし。ホント冗談じゃない。
それで、文句を言いに行ったんだ。そしたら。
「大人しくて可愛い子じゃないのー」
お母さんは、あっけらかんと言った。
「あんたのこと大好きだって言ってくれてるんだから、イヤな顔するんじゃないのよ」
「う、お」
イヤな顔してるの分かってるなら、連れて来ないでほしいんだ、けど。
と、いうか、ちょっと散歩しただけで大好きもおかしいし、大好きだとか言うなら、迷惑がってるの察してもイイと思う。
「うむぅ」
心の中だけで悪態をついてると、お母さんが言った。
「そりゃ、あんたに今、お付き合いしてる子がいるんなら、お母さんだって考えるけどさ。今、そんな子いないんでしょ? だったら別にいいじゃなーい」
「い、……」
いるよ、と言いそうになって、慌てて口を閉じる。
ぐうっと黙ってたら、お母さんが更に言った。
「だって廉ったら、女の子と遊びに行ったりもしてないんでしょ。たまにはコンパにでも行ったら? お父さんとお母さんが知り合ったのだってね、学生時代の……」
「い、今は、野球が大事、だ!」
頑張って大声を出したら、ため息をつかれた。
そして、こんなことを聞いた。
「阿部君もそうなんですってよー。女には興味無い、とか、いつも言うんですって。似た者同士なのねぇ」
いきなり阿部君の噂話なんか聞くとは思わなかったから、ちょっと驚いた。
驚いたのが分かったのか、お母さんが「びっくりしたでしょ?」って言った。
「阿部君、格好いいから女の子にモテそうなのに、もったいないわねぇ」
って。
もったいない、って言葉、グサッときた。
でも……そうか、阿部君のおうちでも、色々心配されてるんだなぁ。
『どうすれば別れずにすむか』
高1の時に交わした約束、今でもずーっと守り続けてくれてる阿部君は、ホントに優しい。
その優しさに甘えてるだけなのかなって、時々思う。でも、やっぱり、手放したくないよ。好きなんだ。
だからオレも、頑張らないと。
うん、頑張って、女の子に嫌われよう。
阿部君から伝授された、嫌われる無神経を頑張って実行しよう。
春休み最後の試合を前に、オレは固く決心した。
でも、その子はなかなか手ごわかった。
試合の後、差し入れ持って来た時に、無神経を頑張ろうと思ったんだ、けど。
「化粧は……」
濃いどころか、してないみたいだ、し。
「香水……」
そんなの、つけてる気配もない、し。
「昨日、ギョーザでも食べました、か?」
そう聞くと。
ちょっと赤くなって、小さくうなずかれちゃうし。
「その髪、自分で切りました、か?」
それには答えず、両手で頬を挟んで、いやいやって首を振られちゃうし。
次は、えーと、何だった?
オレが言葉に詰まってる隙に、彼女はオレに差し入れの菓子箱を押し付けて、パーッと走り去っちゃった。
その菓子箱を、さっとオレから奪い取り、皆の方に放り投げて阿部君が言った。
「強敵だな」
「う、ん……」
菓子箱は遠慮なく開けられて、あっという間に山分けにされてる。
その様子をぼーっと見てたら、ゴツン、とゲンコツを落とされた。
「てめー、まさか食いてーとか思ってねーだろうな?」
阿部君が、格好いい顔を近付けて低い声で言った。
うわ、怒ってる……?
「な、な、ない! よっ!」
慌てて全力で否定したけど、疑わしそうに横目で見られた。
数年前の、バレンタインのコトを思い出す。
あの時阿部君は……チョコを受け取っただけでも怒ってたよね。誤解だったけど。
誤解だって分かったから、次の日のバレンタイン当日は、1つも受け取らなかったけど。
やっぱり、差し入れ断るべきなの、かな? でも、あくまで「皆さんで」ってくれてるのに、オレが断るのもおかしいし。
「う、ご、ごめんな、さい」
ぽつりと謝ると、阿部君はひとつため息をついて。
「まあいーよ。一緒にどうすっか考えよう」
って、言ってくれた。
阿部君は優しいなぁ。優しくて、頼りになって、格好いい。
「阿部君っ!」
つい、いつもの癖で抱き付いちゃったけど、皆がそれを見てたのに、誰からも何も言われなかった。
(続く)
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