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小説 3
阿部君の10年計画・6
 今でこそ「女嫌い」とか噂される阿部君だけど、やっぱり格好いいし、優しいし、笑った顔が素敵だから、高校時代から女の子にはよくモテた。
 呼び出しを受けることも多かったみたいなんだけど、告白を断るどころか、そもそも呼び出されても行かなかったみたい、だ。
 でも、女の子も意地になるみたいで……阿部君に何としても一言伝えようって頑張る子もいた。
 例えば、下駄箱に手紙とか。
 同じ野球部員に渡して貰うとか。
 でもそれだって、結局阿部君は一度も見ないでゴミ箱に捨ててた。

 オレも頼まれたコト、ある。
 それが原因で、阿部君の機嫌が激悪になって、ホントにこの時ばかりはオレ、捨てられちゃうんじゃないかっておびえた。

 日直で午後練にちょっと出遅れた時。いつもなら誰かと一緒にグラウンドに行くんだけど、その日は一人で……。
「三橋君!」
 校舎の裏を走ってると、同じクラスの女の子に呼び止められて、手招きされて、おろおろしてる隙に囲まれたんだ。
 髪の毛が逆立つくらい怖かった。
 顔を知ってる子もちらほらいたけど、知らない子の方が多かった。多分、違うクラスの子だと思う。
 で、その内の一人が言ったんだ。

「三橋君、阿部君と仲いいよね」

 ギョッとした。
 だって、バレたかと思った。
「な、な、……」
 焦ってどもっちゃって、まともに返事できなかったけど、女の子たちは更に続けた。

「阿部君ってさ、誰かとこっそり付き合ってたりしてるの?」

 これにもギョッとした。心臓が止まるかと思った。
 だって、阿部君とこっそり付き合ってるのは、オレだ。
 でも、そんなコト正直に言う訳にいかないよね。
「しっ、しっ、しっ……」
 知らない、と応えようとしたんだけど、口がうまく回らなかった。
 後ろに下がろうにも、ぐるっと囲まれてて下がれない。
 オレは真っ赤になって、ぶんぶんと首を横に振った。そして、心の中で「助けて」って叫んだ。

 女の子は怖い。
 特にオレ、中学は男子校で……身近にいた瑠里にだって、負けっぱなしだったから。
 言い返すなんて、できたためしが無い、んだ、から。

「三橋君から阿部君に、これ渡してあげて欲しいの」
 女の子の一人がそう言って、別の子が大事そうに持ってる小さな箱を指した。
 赤い包装紙で、金のハートが描かれてる、可愛い小さな箱だった。
「渡すだけでいいから、絶対に受け取って貰ってね」

 受け取りたくはなかった。早く練習に行きたかった。
 でも、ぐるっと取り囲まれていて、どうにも抜け出せそうになかったから……オレは諦めて、受け取った。


 オレの様子がちょっとおかしいのに、多分阿部君はすぐに気付いたんだと思う。
「どうした、何かあったか?」
 優しい顔で、優しい声を掛けてくれた。優しく頭を撫でて、優しく笑いかけてくれた。
 胸が痛かった。
 だって、阿部君はオレのだ。
 オレの大事な恋人だ。
 オレの大好きな人だ。

 なのに、何で阿部君あてのプレゼントなんか、受け取っちゃったんだろう。

「なんでもない、よっ」
 オレは阿部君にそう返事して、精一杯普通に笑って見せた。
 やっぱり断ろうって思った。
 オレから阿部君には渡せないって。ごめんなさいって。
 女の子は怖いけど、右腕を折られたりまでは、さすがにしないと思うし。
 うん、断ろう。

 そう決心したから、練習終わって部室で着替えてる時にも、阿部君にプレゼント渡さなかった。
 けど……渡さなくても、相談くらいはすればよかったんだ。
 阿部君に言えなくても、田島君とか花井君とか、相談に乗ってくれる人はいたのに。黙ってないで、誰かに先に言えばよかったんだ。
 だけど、その時は、そこまで頭が回らなかった。
 明日女の子達に返すんだからって、誰にも言う必要ないって、そう思った。それで……うまくいくハズだったんだ。
 ――プレゼントを部室に落とすまで。

「三橋、何か落としたよ」
 うっかり床に落とした赤い箱を、目ざとく見つけて拾ってくれたのは、栄口君だったと思う。
「う、あ、……」
 ありがとう、と言って受け取る前に、大声を出したのは、水谷君だ。
「あーっ! それどうしたの!? 誰の?」
 声が大きいよ、なんて、オレが言えるハズもなくて。
「三橋のだよね?」
 って、栄口君がフォローしてくれて。

 でも、水谷君は黙らなかった。もっと大声を出して言った。
「いーなー、それ本命じゃん? フライングだけど、チョコ1号は三橋かー」
 それを聞いて、ハッとした。
 バレンタイン。明日、バレンタインだって。じゃあ、この可愛い箱の中身はチョコだ。
 チョコの入った赤い箱を、水谷君は「いーなー」とか言いながら、笑顔で眺めてる。
 その水谷君の後ろから、ひょいっと手を伸ばして……箱を取り上げたのは。

 阿部君、だった。

「チョコ?」
 怖い顔でオレを見つめ、赤い箱をポン、とオレの頭の上に置いて。阿部君は優しい声で言った。
「どうしたんだよ、これ?」
 でも、全然笑ってなかった。怖い顔のままだった。

 阿部君にだよ、って言えばよかったんだ。預かったんだよって。
 でも、オレ、明日返すんだからって思ってて……。
 それに、阿部君には渡したくなくて。
「こういうの、全部断れってオレ、言ったよな?」
 阿部君の声が、だんだん低くなってくのが怖くて。顔も見れなくて。
 でも、阿部君に渡したくなくて。

「預かっとく」

 阿部君にそう言われた時、とっさに「ダメ!」って叫んじゃったんだ。

 頭に血が上っちゃって、そっから先のやり取りは、よく覚えてない。
 ただ、阿部君は怒って帰っちゃって、オレはボロボロ泣いちゃって。事情を知らない泉君とかは怒ってて、事情を知ってる花井君が、取り敢えずその場を収めて、皆を解散させて……。

 田島君と一緒にゆっくり帰りながら、ホントのコト話して、わーわー泣いた。
 それが、阿部君との最初で最大のケンカだった。

 勿論、田島君と花井君が協力してくれたから、仲直りするの早かったよ。
 これが原因で、野球部の皆にオレ達の関係、知られちゃう事になったけど……皆、少なくともなじったり反対したりはしなかったから、ほっとした。
 以来、阿部君はますます女の子に冷たくなり、オレはますます、女の子が苦手になった。
 そして、阿部君ともう一つ約束ができた。

 『どうすれば別れなくてすむか』

「もう2度と、オレに隠し事するんじゃねーぞ」
 阿部君にそう諭されて、オレは勿論うなずいた。
 だから、それ以来……オレは何でも阿部君に話すようにしてる。
 嬉しかったことも、悲しかったことも、悔しかったことも。

 じーちゃんに、女の子を紹介されたことも。

(続く)

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