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小説 3
ガーディアン・6
 目撃者は何人もいたので、勿論午前中の内に、このことは学校中に広まった。
 幸か不幸か、三橋は理事長の孫で……理事長の孫を前にして、あからさまに嘲笑したり詮索したりする者はいない。
 阿部は、ますます三橋にべったりになったが、それについてだって、誰も口を出したりしなかった。
 それよりきっと、阿部が話しかけるたび、三橋がふひっと笑う事の方が、皆を驚かせただろう。その驚いた人間の中には、恐らく叶も含まれていて……だからだろうか、叶が口出ししてくることは二度となかった。


「……けどさ。だんだんエスカレートして来てんのが、気になんだよな」
 昼休み、昨日と同じく二人で弁当を食べながら、阿部がぼそりと言った。
 当然だが、弁当の中身は二人同じで、三橋はそれが何となく嬉しい。そのことに気を取られて、阿部の話を聞いてなかったものだから、「どう思う?」と訊かれて、きょとんとした。

「お前……聞いてなかったのか?」
 阿部がゲンコツを振り上げ、怖い顔をした。
「うわ、ご、ごめ……」
 三橋は反射的に身をかがめ、両手で頭と顔を庇った。イジメの名残のようなものだ。けれど勿論、阿部は本気で殴ったりはしない。
「お前のことだぞ! ぼーっとしてんなよ!」
 ため息混じりにそう言って、再び弁当を掻き込み始めた阿部に、三橋も恐る恐るガードを解く。
 そして、さんざんためらった後、思い切って阿部に告げた。

「で、でも。今度あの人に襲撃され、ても、平気だ、よっ。だ、って、阿部君がいてくれる、でしょう?」

 三橋の言葉に、阿部は一瞬箸を止めて、ぱっと三橋の顔を見た。目が合って、そして阿部がさりげなく目を逸らす。
「お、おー。勿論だ、お前はオレが絶対護ってやるよ」
 その顔がちょっと赤くなってるのに、三橋は何となく気付いたけれど、自分もすぐ赤くなる方なものだから、別に不思議には思わなかった。


 その阿部の宣言は、さっそく帰り道に証明された。


 大きな賃貸マンションの前を通った時だ。
「Son of a Bitch」
 声とともに頭上から、ぱら、と砂粒が落ちて来て……。
「うわっ」
 突然体が宙を飛び、ぐるんと一回転して横倒しになった。誰かにしっかりと抱きかかえられている。
 と、認識するのと同時に、ガシャンと重い音が響いて、今まで三橋が立っていた場所に、鉢植えが転がったのを見た。

 割れた素焼きの植木鉢。こぼれ出た園芸土、地面に倒れた観葉植物、湿った土と肥料の匂い……。

 三橋がそれを見ている間、阿部は鋭い目で、上を見ていたようだ。
「くそっ」
 抱きかかえられたままで悪態をつかれ、三橋はびくっと身を起した。阿部はあっさり三橋を放し、怖い顔でマンションの上方を眺めている。

「今の声、男っぽくなかったか?」

 阿部の言葉に、三橋はゆっくりと首を振った。声の高低なんか、耳に残らなかった。耳に残ったのは、いつものあのスラング。
 Bitchの子……。
 眉を下げて阿部を見ると、阿部は何だか厳しい顔で、植木鉢のシャメを撮っていた。


 今日は塾のない日だ。
 いつもなら部屋で夕方まで勉強するのだが、何だかそんな気分にもなれず、三橋はグローブを持って庭に出た。
 勿論阿部も付いて来た。
 さっきの事が気になっているのだろうか、少し落ち着かない様子で、でも作り笑いを浮かべて、「キャッチボールするか」と言った。

 三橋はためらったが、結局うなずいた。
「う、ん。お、願いします」
 ぺこりと頭を下げてから、薄汚れた軟球を投げる。
 それを阿部のグローブがパシンと受ける。
 パシン、パシン。パシン、パシン。

 乾いた音を聞く内に、不思議と気分が落ち着いて来て、「投げたい」と強く思った。
 その心の声が聞こえたのだろうか、阿部がにっと笑った。
「おし、そろそろ肩も温まっただろ」
「うん」
 三橋はふひっと笑って、的を見た。

 集中する。
 セットから左足を上げ、大きく踏み出して、同時に腕をぶんと振る。右下、まっすぐ。
 ビン、と的を震わせた軟球は、地面をバウンドして三橋のもとに戻って来た。
 次は左上。ノーワインドアップながら、無理のないきれいなフォームでボールを投げ、高く跳ね返ったボールを難なく受ける。

「守備練も一緒にできんの? 一石二鳥だな」
 阿部が声をかけると、三橋はキョドキョドと視線を揺らした。
 ついでに守備練もしようだなんて、そんな身の程知らずなことは考えてもいなくて、三橋はただ、素早く何度も投げ続けたかっただけだった。

「早く受験終わって、野球できるといいな」
 阿部の言葉に、三橋は「う……」と口ごもった。それを見て、阿部が素早く謝った。
「ああ、悪ぃ。まずは、事件解決しねぇと、受験どころじゃねーよな」
「あ、う、……と」
 三橋は、口をはくはくと動かした。
 どう説明すればいいのか、よく分からなくて、うまく言葉にできなかった。……受験しても、この先、野球は続けないかも知れない、と。
 はくはく、口を開け閉めして目を逸らす三橋に、阿部が言った。


「でもまあ、実のところ、あの女の正体とか、逆恨みの理由とか、元々全部分かってっからさ。時間の問題だと思うぜ」


「……ふえ?」
 三橋はぽかんと口をあけて、阿部の顔を振り向いた。
「後は、大人同士の話し合いだってよ」
 阿部がそう言って肩を竦めた。

 大人同士、の……。

 Son of a Bitch。見知らぬ人に「生まれて来なきゃ良かった」と言われた事も、母親を侮辱された事も、全部……大人の話し合いで終わっちゃうのかな。
 三橋はくちをぽかんとひし形に開けたまま、黙って阿部の顔を見つめた。

(続く)

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