小説 3
阿部君の10年計画・3
次の日、さっそく田島君にナースさんの本を返して、もう借りられないから、って謝った。
「何で? 親に見付かった?」
田島君に訊かれて、オレはぶんぶんと首を振った。
でも、「じゃあ何で?」って訊かれても、ホントのコト言う訳にはいかないよ、ね。
田島君の顔も見れないでモジモジしてたら、田島君が、にーっと笑ってこう言った。
「なーんだ、阿部にダメって言われたんか?」
ギョッとして、一瞬返事ができなかった。
何でそこで、阿部君の名前がいきなり出て来るのか分からない。
だって……オレと阿部君の関係は、誰にも内緒だったし、誰にも知られてないハズだ、よ?
「な、な、あ、わっ……」
オレ、キョドってドモリまくっちゃったけど、田島君はまるで気にしてない感じで、両手を頭の後ろで組んで、にしし、と笑った。
「何で分かったかって? そんなの阿部だからに決まってんじゃーん」
「う、え?」
阿部君だからって……どういう意味?
阿部君ならそう言うだろうってコト?
それとも?
まさか田島君、オレ達のコト知ってるの、かな?
「しっ、しっ、しっ……」
知ってるの、って訊きそうになって、慌てて口をつぐむ。
「んー?」
田島君は笑いながら促してくれたけど、オレは首を振って、何でもないってフリをした。
午後練の始めの柔軟体操の時、こっそり阿部君に相談してみた。田島君に、こういうコト言われたんだよって。
そしたら阿部君はちょっと考え込んで。
「分かった、オレが話してみるから心配すんな。面倒なコトはオレに任せて、お前は練習に集中な!」
そう言って、ニヤッと笑ってくれた。
安心しろ、って言うみたいに、オレの背中をポンと叩いてくれる阿部君。なんて頼もしいんだろう。
阿部君は優しい。頭良くて格好いい。いつもオレのコトや、オレの野球のコト、一番に考えてくれる。
こんな時、阿部君がオレの恋人でホントに良かったなぁって思うんだ。
部活の後、さっそく阿部君は田島君と話をしに行ったみたいだった。
コンビニに着いてから2人の姿が無くて、ああ今話してるんだって気付いてドキドキした。
ドキドキしたせいか、ちょっと不安になっちゃった。
やっぱり……阿部君だけに任せっ切りにしないで、オレからも田島君に説明した方が良かったんじゃないかなあ?
オレがどんなに阿部君を好きか、どんなに真剣か……ちゃんと自分の口で言った方が良かったかな?
田島君、ちゃんと分かってくれるかな?
でも、それ、心配し過ぎだったみたい。
夜寝る前に、阿部君からメール来て、もう大丈夫って教えてくれた。
――田島も花井も味方になった。
阿部君のメールには、そう書かれてた。
けど。え、花井君?
どこから花井君が出て来たのかな?
オレは首を傾げたけど、よく思い出せなかった。
花井君って……あれ、そういえば今日、コンビニにいなかった? かな?
田島君と阿部君がいないってコトで頭がいっぱいで、花井君まで気が回らなかった。
味方って、どういう味方なのかな?
阿部君のメールはいつも短くて、ホントに必要なことしか書いてくれないから、オレ、時々解釈に困る。
黙って見過ごしてくれるってコトかな?
それとも、応援して……くれたりは、しないよね、やっぱり。
でも、オレ達は、誰にも絶対内緒で秘密、って約束から始まった関係だから、誰かに知ってて貰えるのは、ちょっと心強い、かな。
そういう事があったせいか、翌日の朝練の時、田島君はいつも通りだったけど、花井君はちょっと様子がおかしかった。
何か言いたそうにオレの顔見て、でも、目が合うとすぐにパッと顔を逸らすんだ。
やっぱり、花井君は反対なのかな?
オレのコト、軽蔑してたりするのかな?
阿部君は……昨日、何て説明したのかな?
オレが花井君の方をちらちら見てるの、阿部君はすぐに気付いてくれた。
「大丈夫、あいつは人がいいからな」
阿部君がそう言ってニヤッと笑ったから、ああホントに大丈夫なんだって、ちょっと安心した。
阿部君、機嫌いいし。
花井君の人がイイのは、オレも何となく分かる。
だから大丈夫、っていうのは……よく理解できなかったけど。
昼休み、屋上で2人きりになって、田島君とちょっと話した。
オレが花井君のコト気にしてるの、気付いてたみたい。それで、教えてくれたんだ。昨日、どんな話をしたのかって。
「阿部はな、三橋の味方になってやってくれーって言ってたぞ」
田島君の話を聞いて、オレ、すごくびっくりした。
「オレが三橋を引っ張り込んでんだ、って。三橋は何も悪くない、悪いのはオレだーってさ。だから、責めたり軽蔑したりすんのはオレだけにしてくれ、三橋のことは守ってやってくれねぇか、って」
田島君は、にしし、と笑って、「花井は感動してたぞ」って言った。「あいつタンジュンだかんな」って。
でもそんなの、オレだって感動だよ。
ホントはオレが阿部君に縋って、「別れたくない」って駄々こねたのに。阿部君は悪くないのに。
なのに、オレのコト庇ってくれようとしてるんだ。
オレの味方になってくれって、田島君達に話してくれるなんて……なんて優しいんだろう。
そんな阿部君が恋人で、オレ、なんて幸せなんだろう。
「うっ……阿部君……っ」
胸がいっぱいになって、涙が出ちゃって、冬の青空が目にしみた。
田島君が、晴れやかな声で言った。
「阿部は黒いよなぁ」
意味がよく分からなかったけど、褒めてるみたいだったから、オレは「うん」ってうなずいた。
(続く)
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