小説 3
阿部君の10年計画・2
冬のある日のことだった。
いつものようにオレの家に来た阿部君と、いつものように愛し合って、いつものように腕枕して貰って……その後、ちょっとオレ、寝ちゃってたみたい。
「こーら、起きろ!」
軽い何かで、ポコンと頭を叩かれて目を覚ますと、阿部君が怒った顔でオレを見下ろしてた。
「う、ご、ごめん」
よく分かんないけど、怒ってそうだから、取り敢えず謝っておく。だって、ここ今オレ達しかいないし。
そしたら、ぐいっと目の前に、雑誌の表紙が突き出された。
その雑誌を丸めたもので、さっきポコンと殴られたみたい。借り物なのに、せっかくの雑誌がちょっと丸い。
「うおっ」
慌てて取り返そうとしたら、ひょいっとよけられて、また丸めた状態で、ポコンと頭を叩かれた。
「何だ、コレ?」
またぐいっと目の前に突き出された雑誌は、昨日田島君から借りた本だ。
乱入☆ナース学園。
「な、ナースさん……」
オレがぼそっと応えると、阿部君は雑誌を床の上にパンと置いて、更に表紙をパシン! と叩いた。
う、そ、それ借り物なのに。
しかも、田島君が田島君のお兄さんから借りたやつの又貸しだから、特に丁寧にしなきゃいけないのに。
っていうか、オレ、それ、机の引き出しのカオスの中に隠してた、よね。どうして阿部君が持ってるのかな?
オレが寝てる間に……引き出しとか開け、た?
でも、怒ってる阿部君に、逆質問なんかできない。
オレは服だけ着ることを許されて、でも正座で、本の出所を正直に言った。
「た、田島君、から……」
「田島から借りたのなんて知ってるよ。オレは、何でこんなの借りたんだ、ってコト訊いてんの!」
何で借りたか? そりゃ……えと、オカズにするためじゃないの、かな?
アイドルの写真集とかなら、可愛いなーって鑑賞するためかも知れない、けど。
でも、さすがに「オカズにするためです」なんて恥ずかしい事は言えなくて、顔がカーッと熱くなる。
それを見て、阿部君は呆れたようにため息をついた。
「お前、もうこんなの借りるなよな」
「え、うえ、何で?」
思わず尋ねると、阿部君はまた怒った顔になって、両手でギュッとゲンコツを握った。
ゲンコツって言っても、それで殴られる訳じゃない。されるのはウメボシだ。しかも、今日のは特別痛かった。
「何・で・じゃ・ねー・だ・ろっ!」
怒鳴りながら、ギリギリとゲンコツをこめかみに捩じり込んでくる阿部君は、ホントに鬼のようだ。
でも……阿部君が怒ってる訳、オレ、あまりよく分かってない。
だって、田島君は割といつもこういう本を回してくれてたし。最初は9組だけだったけど、今では堂々と野球部の皆で回覧してるし。
阿部君だって……前に借りてたコトあるの、知ってるんだよ、オレ。
そう思ってたの、顔に出ちゃったかな。阿部君が、またため息をつきながら言った。
「オレはもう借りてねーし。今後も借りる気はねーよ。だから、お前もそうしろっつってんの」
「う……うん」
一応素直にうなずいたけど、内心は「えーっ」って感じだった。
だってこういう本、オレから貸して欲しいとか言ったコトないんだよ。田島君が勝手に貸してくれるんだ。勝手にって言い方はおかしいかも、だけど。
でも……「三橋、こういうの好きだろ」ってわざわざ選んで持って来てくれるの、嬉しいし、断りたく、ない。
阿部君、何でこんなコト、突然言い始めたのかな?
怒るってことは、イヤだってことかな?
オレが……こんなナースさんの雑誌とか見るの、それでオカズにするの、イヤなのか、な?
そう考えてみると、確かにオレも、阿部君が女の子の裸で抜いてるとことか……考えたくないし、イヤだ。
わわ、今そんな当たり前な事に気付いて、オレ、サイテーだ。
恋人がいるのに、他の女の子の写真とか、オカズにしちゃダメだよね。
「ご、ごめん、阿部君。オレ、もうちゃんと断るよ」
オレは阿部君に頭を下げて、それから「今まで気付かなくて、イヤな思いさせて、ゴメン」って謝った。
でも……阿部君が考えてたのは、そんな単純な事じゃなかったんだ。
『どうしたら別れずにすむか』
そのためには、女の子に興味あるフリなんか見せちゃダメだって、阿部君は言った。
「お前、エロ本なんか借りて、へらへら笑ってるとこ見せてみろ。あー、三橋も女に興味があるんだなーってコトになんだろ。そしたら、可愛い子紹介してやろうかとか、そういう話になるかも知んねーだろ!?」
え、そ、そうかな?
よく分からなかったけど、上手に反論できる気もしなかったから、一応斜めにうなずいておく。
「今はまだいーんだよ。告られようが、紹介されようが、『野球の事しか考えられない』つって断ればいーんだかんな。でも、引退した後はどうよ? そんな言い訳、通用しねーぞ。名前も知らねー女達に囲まれて、押せ押せのオラオラで来られて、お前、きっぱり断れる自信あんのかよ? 泣き落とされねぇって言い切れるか?」
阿部君はいっきにそれだけまくし立て、真剣な顔でオレに迫った。
「う、え、と」
正直、阿部君の言ってる意味がよく呑み込めなかった。
だって……ナースさんの本の話をしてたのに、何でいつの間にか、告白されたら、って話になってるのか、な?
そう思ってたら。
「女に興味ねぇってコト、今からアピールしなきゃならねーんだよ!」
阿部君はオレにそう言った。
「女に興味あるんなら、普通に女と付き合えって言われんだろ。男同士で好き好き言ってねーで、ちゃんと普通に、女と付き合ってみろって。そんなコト、誰かに言われたらどうするよ!?」
え、誰かって――。
親とか先生とか、野球部の皆とか、かな?
そう考えると背筋がスッと冷たくなった。
そりゃ、オレも阿部君もホントはノーマルだし、男同士の恋愛は、やっぱり世間一般には認められない、から、そんな風に言われちゃう可能性はあるかも、だ、けど。
「だから。あいつは女に興味ねぇらしいな、って、今の内から周りに少しずつ認知しといて貰おうってんの! これは大事な前準備なんだよ!」
一体、何の前準備なのか……訊きたいけど、訊けなかった。なんか、熱く語る阿部君に、上手に質問できる気がしなかった。
でも、その通りなのかも知れないって、だんだん思えて来た。
うん、オレはともかく、「阿部君が女に興味無い」って知れ渡ってくれるのは安心だ。
オレなんかよりもっと可愛い女の子とか、色白で肌のきれいな女の子とかが、阿部君に言い寄る心配、ちょっとは減るかも知れないもんね。
まだハッキリしっかり、阿部君の説明、理解できた訳じゃなかったけど。
でも、阿部君の言う通りにしてれば、色々大丈夫だと思うんだ。
阿部君は頭いいし、計画的だし、いつも冷静に、色んなことを考えて生きている。阿部君はホントにすごいなぁ。
「だから、もう2度とよそ見すんじゃねーぞ?」
阿部君に念押しされて、オレは勿論うなずいた。
(続く)
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