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小説 3
阿部君の10年計画・1 (高1〜社会人・阿部の画策)
 オレと阿部君が恋人同士になったのは、高1の夏の終わり頃だった。
 それまで、お互いに気持ちを抑えてて、我慢して我慢して過ごしてたから、両想いって分かって、一気に激しく盛り上がって……。
 だから、すごく悩んだ割に、一線を超えちゃうのも早かった。

 阿部君とそう言う関係になってからは、毎日がとても幸せで、楽しかった。
 親にも野球部の皆にも、絶対言えないような――言ったら終わりになるような――そんな関係だったけど、オレはそれで満足してた。
 未来のコトなんて、考えられなかった。
 今が大事だった。
 でも……。
 親が留守のオレの家で、いつものように激しく求め合った後……阿部君に腕枕して貰って、幸せに浸ってる時に、突然こう訊かれたんだ。

「なあ、オレ達、いつ別れる?」

 オレはもうびっくりして、飛び上がっちゃって。
 何か怒らせたのかな、とか、やっぱりオレと付き合うのはイヤなのかな、とか、飽きたのかな、とか、遊びだったのかな、とか……男の体じゃ、満足できなかったのかな、とか。
 ホントに、そういうことを一瞬で次々に考えて、ぐるぐるして。
 でも、やっぱ好きで。
「や、ヤダ!」
 オレは阿部君に縋って、泣きながら「別れたくない」って訴えた。
 そしたら阿部君は、小さくため息をついて言ったんだ。

「でもさ、いつまでもガキじゃねーんだし、いつか別れの日が来るって分かってんだろ? 早いか遅いかだけの違いだぞ」

 それは、錯乱してたオレにも、正論だって分かった。
 でも、やっぱり納得できなかった。絶対に別れるのなんてイヤだった。
 だって、ほんのさっきまで、オレ達愛し合ってて。今だって、裸で、ベッドの上にいるっていうのに。オレを揺さぶりながら、何度も「好きだ」って言ってくれたのに。
 その余韻も冷めないうちに、なんで今、別れる話なんか持ち出すの――?

「う、ふぇ、キライになった、の?」
 オレが泣きながら訊くと、阿部君は優しく頭を撫でてくれながら、静かな声で「いいや」って応えた。
「う、じゃあ、他に、好きな人できた?」
「いいや」
「じゃ、じゃあ、もしかして、誰かに何か言われ、た?」
 親とか先生とか、野球部の皆とか?
 訊きながら、胸の奥が冷たくなった、けど。やっぱり阿部君は、「そうじゃねーよ」って首を振った。

 訳が分からなかった。
「じゃあ何でっ?」
 阿部君の両腕をガシッと掴んで、オレは何度も「ヤダ、ヤダ」って駄々をこねた。
「別れたくないよ! 好き、好きなんだ。ずっと一緒にいたいよ! ダメなの?」
 阿部君は、いいともダメとも応えないで、黙ってオレの顔を見てた。そして、優しい声で言った。

「三橋……そんなに、オレのコト好き?」

 オレは勿論、即答した。
「う、うん! 大好き!」
「別れたくねぇ?」
「うん! わ、別れたく、ないっ!」
 必死だった。
 自分の気持ち、分かって貰おうとして必死だった。
 優しく涙をぬぐってくれる、この温かい手を失いたくなかった。
 だから――。

「じゃあ、どうやったら別れなくてすむか、考えような?」

 言い聞かせるようにそう言った阿部君が、ニヤーッて笑ってたのも、気にならなかった。
 高1の秋の終わりの事だった。



 その次の日。練習の終わった後、バッテリーミーティングするって言って、阿部君と二人で部室に残った。
 また別れるとか何とか言われるのかと思って、オレ、すごくドキドキした。
 でも、阿部君の話って言うのは、その逆だった。

 『どうすれば別れなくてすむか』

「まずは、オレ達の交際が、デメリットにならねーように気を付けるコト。これが一番大事だぞ」
 阿部君の言葉に、オレも「うん」ってうなずいた。
 オレと一緒にいるせいで、阿部君が悪く言われたりするのはイヤだ。それに、オレが阿部君の足を引っ張ってる、って思われるのもイヤだ。
「一緒にいるお陰で調子がイイ、って、皆に思わせる。野球も、勉強も、私生活もな」
 オレはうんうんとうなずきながら、ちょっと首をかしげて訊いた。

「私、生活?」
 野球と勉強、どっちも頑張るっていうのは分かるけど。私生活って何を頑張るんだろう?
 そう思ったら。
「お前の場合は、整理整頓」
 って、阿部君にニヤッと笑われた。
 う、整理整頓……それは頑張れる自信がない、けど。でも、『阿部君のお陰で片付けできるようになったわねぇ』とか親に言われてるところを想像すると、何かイイな、って思えて来た。
「分、かった」
 オレがうなずくと、阿部君はすっごく機嫌良さそうにこう言った。

「おし、じゃあお互い、『恋愛にうつつを抜かしてたせいで失敗した』とか、絶対に言われねーよう気をつけような!」

 オレは勿論、「うん!」って元気よく返事した。
 いつ別れるかって話より、別れない為の話の方が、何倍も楽しいし、嬉しい。元気出る。
「阿部君は優しい、な」
 オレは阿部君に抱き付いて、ありがとうって言った。

 だって、オレが昨日「別れたくない」って駄々をこねたから……泣いたから。阿部君、きっとオレのコト可哀想に思って、それで色々考えてくれたんだ。
 オレの為に、別れない方法を考えてくれた。
 阿部君はホントスゴイ。
 頭がよくて、計画的で、色々素早く計算できて、格好いい。
 阿部君の言う通りにしてたら……きっとこの先も大丈夫だ。


「力合わせて幸せになろう!」
 阿部君の言葉に、オレは心からうなずいた。

(続く)

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