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小説 3
漆黒王と幻の伴侶・17 (完結)
 オレの甘さが招いた事だから――。
 ミハシは、この間オレに、夢の中でそう言った。
『責任は取らなきゃダメなんだ』
 って。
 でも、違う。違うとオレは思う。
 甘かったのはオレなんだ。

 手を伸ばして、深く被られたフードを上げてやると、やっぱり。その下から現れたのは、心の中で伴侶と決めた青年だった。
 ごめん、とか言われる前に、唇をふさぐ。
 逃げられねぇ内に抱き締める。
 言いてぇコトも訊きてぇコトもいっぱいあったけど……今は何より、オレの気持ちを伝えたかった。ミハシにも、皆にも。

 家臣どもの前で、いや、他人の前でキスすんのなんて初めてだった。
 別に隠しちゃいなかったけど、公表しようとも思ってなかった。
 だって、男同士だし。
 相手は……オレの後見人だし。
 王族でもねぇし。

 でも、一番大切な人間だ。失えねぇ。手放せねぇ。他にコイツの代わりはいねぇ。こいつの抜けた穴は、他の奴じゃ埋めらんねーんだ。
 それを――周りの人間みんなに、きちんと説明しねーとって思う。
 それから、こいつは、オレの恋人だから側に置いてる訳じゃねーんだってコトも。きちんと周りに知らせねーと。
 オレが「気に入って側に置いてる」んじゃねぇ。こいつが、「オレの側にいてくれてる」んだって。

 城の人間はきっと勘違いしてる。
 白魔導師の庇護は、与えられて当たり前のモノじゃねぇ。
 オレはこの広い大陸に数ある国の中の、たくさんいる王の一人にしか過ぎねぇけど、ミハシは大陸一の魔導師だ。大陸中の全ての魔法使いの、頂点にいる奴なんだ。
 王族じゃねぇし、髪も瞳も黒くねぇけど。むしろ、生粋の庶民らしいけど。
 でも、オレより、こいつの方が上なんだ――。
 ただの「王の手のついた魔法使い」じゃねぇ。誰にも侮らせたり、格下に見せたり、絶対にすべきじゃなかった。


 ミハシの立場を曖昧にしちまったこと。それも、オレの甘さだ。


 キスしても、抱き締めても、ミハシは抵抗しなかった。自分の両足でまっすぐ立って、でも、オレを拒んだりはしなかった。
 まだ間に合うかな。見捨てられてねぇって、思っていいんかな? 戻ってくれるって。
「責任ならオレが取る」
 唇を離してそう言うと、長いまつげの奥の瞳が、まっすぐオレに向けられた。
 何より高貴とされる漆黒よりも、何よりキレイだと思う琥珀の瞳。それを覗き込むようにして、オレはミハシに訴えた。

「今、気付いたんだ。オレが王として未熟だった。未熟だから、あんな連中に狙われたんだろ? だったら、それはオレのせいで、お前のせいじゃねぇ。責任はオレが取る。皆が求めんなら、腹違いの弟か誰かに譲位したっていい」

 オレの言葉に、三橋は「うん」とうなずいた。

「なあ、オレ、頑張るから。お前の庇護が無くても、善政しけるように頑張るから」
「……うん」
 オレをしっかりと見て、短くうなずくミハシの、柔らかな髪に指を差し入れる。
 愛しい。切ない。
 好きだと思う。失えねぇ。

「だから、もう二度とオレを捨てんな」

 そう言うと……ミハシは反論しようとでもしたんだろうか、口を何度かぱくぱく開けた。
 けど、三橋が何か言う前に、内大臣と財務大臣がオレ達の前に来て片ヒザを突いた。
「我々からもお願いします、白魔導師殿」
「記憶を隠されている間、私はとても不安でした。まるで、そう……城の屋根が欠けてるような、見えない穴が空いてるような、そんな落ち着かない気分でした」
 内大臣の言葉に、財務大臣も「私もです」と同意してる。
「再び貴方様が姿をお見せになられて、貴方様に関することを全て思い出し……同時に、心中にあった不安が一瞬で消え去りました。貴方様は陛下を裏切らない。貴方様は陛下を、身を挺しても護られる。それを『知っている』事の、なんと心強いことか」

 ミハシは、黙って二人の大臣の言葉を聞いた。オレはミハシの顔を見つめた。
 ああ、そうだよな。ミハシはオレを裏切らねぇ。絶対オレの敵にはならねぇ。
 それはこいつの性格とか、誠実さとか、責任感とか……愛情とか。色んな理由があるのかも知れねーけど、でも、それを大臣達に感じて貰えてて、スゲー嬉しい。
 今後50年は縁談ナシって約束、わざわざ蒸し返さなくても、もう大丈夫なんじゃねーかーって思う。

「なあ、ミハシ。さっきの返事は?」
 オレが促すと、三橋がまたオレを見た。琥珀の瞳が、きらきらと光ってる。うるんでる。
 薄い唇をきゅっと引き結び、情けなく眉を下げて。
「オレと別れて、後見人だけしようとか、無しだぞ。伴侶としても、ずっと側にいてくれよ」
 白い頬にそっと触れると、長いまつげが閉じられて、涙がつうっとあふれ出た。
 キレイだと思う。
 男だけど、キレイだ。
 どこの王族の美姫よりも……やっぱ、オレにはこいつだけだ。


「よし、じゃあ、仲直りな!」
 オレはそう言って、ミハシの体を抱き上げた。
 ミハシはまだ何も返事してなかったけど、どうせ「イエス」に決まってるし。決まってる返事を待ってやれる程、気長でもねぇ。
「わ、わ」
 ミハシが慌ててオレの首に縋った。
 ゆるいローブ姿だと細身に見えるけど、やっぱ男だし、意外に筋肉質だから、ミハシの体は結構重い。けど、オレだってダテに毎日鍛えてねーし。
 よ、っと気合を入れて、ミハシを肩に担ぎ上げる。

「じゃあ、オレ達はじっくり仲直りしてくっから!」

 大臣達に宣言して出て行こうとすると、内大臣が慌ててミハシを呼びとめた。
「おお、お待ちください。この魔女の残骸はどう処分すれば……?」
 大臣が恐々と指差すのは、玉座のすぐ手前にある、老魔女の残骸。ひらひらのドレスと砕けた杖と、朽ちた枯葉と汚い泥。
 そうか、内大臣も呪われてたんだもんな。そりゃ下手に触んの怖いよな。

「あ、アベ君、下ろして」
 ミハシが耳元でそう言ったけど、オレは「ダメだ」つって、抱える手に力を込めた。魔法なんか、担がれてたってできんだろ。
 ミハシはしばらく肩の上でじたじたやって、でも下ろして貰えねーって分かったのか、ふうと小さく息を吐いた。
 そんで、イタズラを思い付いたように、うひっと笑った。

「触らずに、置いといて下、さい。ミズタニ君に処分、させます。もう、ただのゴミ、ですけど。これ、内緒、にしといて下さい、ねっ」

 ボン!
 ミハシが杖を振ると、床に小さな魔方陣が描かれた。ゴミだと知らなきゃ、魔女を封印してるようにも見える。
 こいつってホント、弟子と敵には容赦ねーよな。
 これの処理を頼む――と言われて、慌てふためくヘッポコの様子が目に浮かぶ。
 困って師匠にヒントを聞こうとしても、頼みの師匠はお取込み中で、当分構ってやれねーしな。つか、弟子なんかを構う余裕、オレがこいつに与えねーってコトだけど。

 何しろ――1か月ぶりだし?
 色々、お仕置きも必要みてーだしな。

「お前も、笑ってる場合じゃねーぞ」
 オレはミハシにぼそっと告げて、ベッドへと急ぐことにした。

   (完)

※えみ様:フリリクのご参加ありがとうございました。「漆黒王子・数年後、アベの結婚話に身を引こうとするストイックミハシ」でしたが、かなり以前の段階で「ミハシが身を引く為に、魔法でアベの記憶を消す…」というご提案をさせて頂きました。企画にOKを下さってありがとうございます。なんちゃって魔法戦争みたいな話になりましたが、元のリクに添えていたでしょうか? 気になる点があれば書き直しますのでおっしゃって下さい。

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