小説 3
漆黒王と幻の伴侶・14
昨日もほとんど眠れなかった。
オレは朝からぐったりと玉座にもたれ、賠償の額についての報告を財務大臣から聞いていた。
ミズタニは相変わらずフードを目深にかぶり、後見人代理としてなんかボディーガードなんか知らねぇけど、斜め後ろでぶすくれてた。
話の内容が、ちっとも頭に入って来ねぇ。まるで、意識にモヤがかかってるみてぇな感じ。惰性で相槌は打つものの、大事なハズの報告が、右から左へと抜けて行く。
温厚な大臣もさすがにムッとしたのか、ちょっと厳しい声を出した。
「陛下、聞いておら……」
と、途中まで言いかけたところで、大臣がいきなり口を閉ざした。
「……どうした?」
不審に思って顔を上げると、大臣が口を開けたまま固まってる。
「おい!?」
立ち上がろうにも、オレの体もいうコトをきかねぇ。どうやって立ち上がるんだったか……忘れてしまったみてぇに、下半身がピクリとも動かなかった。
「ミズタニ!」
魔法使いを呼ぶけど返事はなくて、首だけ動かして斜め後ろを見ると、立ち上がりかけの中腰で、大臣と同じく固まってる。
さすがに冷や汗をかいた。
「衛兵!」
壁際に並んでるハズの兵士も、やっぱりだけど動かねぇ。
何だ、何事だ!?
冷静に考えねぇと、って分かってるけど気ばかり焦ってどうにもならねぇ。自由になんのは上半身だけで、どんなに頑張っても立ち上がれねぇし。
「ミズタニ! お前の師匠を呼んで来い!」
白魔導師の弟子に声を掛けるけど、声さえ封じられてんのか、返事もなかった。
目の前の大臣の顔をよく見ると……眼だけはまばたきを繰り返してる。
ミズタニも同じなんかも知れねぇ。深く被ったフードの下で、間抜け面さらして焦ってんのかも。……って、笑い事じゃねーけどな!
「くそ! どうなってんだ!?」
ガン! と、握りこぶしで玉座の手すりを思い切りたたいた時……正面の両開きのドアがゆっくりと開いた。
「さあ、どうなってしまったのでしょう?」
ひひひ、といやらしい笑い方をしながら、扉を開けて入って来たのは、臥せってるハズのメス猫娘。その手には、妙な形の杖が握られている。
ミズタニ達魔法使いが使う杖は、50センチくらいの細長くて簡素な杖だ。
けど、メス猫娘が持っているのは……老人が持つような、太くて長い、1メートルくらいの杖。そのヘッドの部分は大きくコブのようになっていて、汚泥のように濁った石がはめ込まれていた。
とっさに……理解できなかった。
「てめぇ、体調は?」
すると女は、とても15、6歳とは思えねぇ、いやらしい笑みを浮かべて言った。
「そんなもの、最初から仮病に決まっておりましょう。自分が混ぜろと命じた毒で、わざわざ苦しむ必要もないわ」
きゃーはっはっは、と女は高らかに哄笑する。
着ているのは相変わらずベビーピンクのひらひらドレスで、縦巻ロールの髪も、ヘッドドレスも、何もかもそのまんまなのに。
表情が変われば、印象も変わるんだろうか。今のコイツは……撫でられたがって媚を売る小猫、にはとても見えなかった。
ミズタニの言う通りだ。何で信じてやらなかった!? 目の前のコイツは、ただの小娘じゃねぇ。
魔女だ。
魔女は一枚の紙をオレの目の前に突き出した。
「署名して下さいませ」
「はあっ?」
受け取るまでもねぇ、結婚証明書だと一目で分かった。メス猫娘の署名に、印璽まで押してある。
「ふざけんな! 誰がそんなモン!!」
精一杯の大声で怒鳴ったけど、魔女は全く怯みもしねぇで、きひひと笑う。
一々癇に障る笑い方だ。
自分の有利を疑ってねぇ、見下し倒した笑い方。
なんでそんな、優越感に浸ってんのか。そんな紙切れ、引き千切ってしまえば署名するも何もねぇってのに。
大体、署名なんてするつもりねぇし。
結婚なんて冗談じゃねぇ。
誰が魔女と!? いや、魔女じゃなくても。オレは誰とも結婚するつもりなんかねぇ。
だってオレは――。
オレには――。何かワカンネーけど、大事な奴がいるハズなんだ。だから。
だけど。
内大臣が、オレの執務室から、オレの印璽を持って来た。ペンとインクも。
「陛下、陛下、お逃げ下さい。まだお体が動きますなら」
涙ボロボロ流しながら、内大臣が言う。
「地下牢の鍵も、開けさせられました」
その右手は、朱い痣のようなもので覆われていた。
痣からは不気味な細い線が手首の方に伸びていて、服で隠されて見えないが、首にも左手にも、細く伸びてってんのが分かる。
操られてる。
はっと気付いて自分の右手を見てみると、いつの間にか朱くみにくい痣になっていた。
見覚えのある色だ。
手にべったりと着いて、不愉快だった。あれは、あの時、肖像画を触って着いたモノ。
一か月も前に……仕込まれてたのか。
呪われてる、と、教えてくれたのは誰だったか。
白魔導師は知ってたんじゃねぇのか。だから、あれを燃やしたんじゃねぇのか?
だったら。
何故、今、助けに来ねぇんだ……!?
ぴきぴきと背筋の凍るような音を立てて、オレの痣から細い線がジグザグに伸び、肌を走った。
ぞっとした。
(続く)
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